[:うさぎ:] 「集中できる時期を生かす」
勉強は毎日こつこつすることも大切ですが、試験前などの短期間に集中して取組むことも大切です。
「中学生の自宅学習法」の著者内藤勝之さんは、学習塾で実際に子供を教えている経験から、「テスト前、特にテスト前夜の高効率の勉強はふだんの3〜5倍、場合によっては10倍近いこともあり得る」と述べています。
短期間の集中勉強は、頭脳が集中するという効果だけでなく、全体像が頭に入るという点でも効果的です。社会科などの覚える量が多い勉強は、毎日こつこつ勉強するやり方だけでは、どうしても全体像がつかめなくなります。定期試験直前の数日から1週間ほどの期間で出題範囲を何度も繰り返し覚えると、個々の事柄の関連がつかめるので、より深く理解することができるようになります。
しかし、英語と数学については、数日から1週間の短期間の追い込みでは、あまり成果が上がりません。英語は、単語と文法をいつでも自由に使えるように長期間にわたって覚えておく必要があるからです。数学も、公式や解法をいつでも使えるように記憶に蓄えておく必要があります。そのため、これらの勉強は1週間ほどの期間の集中学習では、あまり効果が出ないのです。
しかし、英語や数学も、1〜3ヶ月集中して勉強すると、驚くほど成果が上がります。受験生でよく夏休み後に急激に成績が上昇する人がいるのは、このためです。
毎日のこつこつ勉強とともに、直前の短期集中勉強を生かしていきましょう。
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小学4年生の感想文指導で、「三文抜き書き」という項目が出てきます。これは、長文の中から三つの文を抜き書きしていく練習です。(文というのは、「。」で区切られたところです)
この三文抜き書きは、小学5年生で勉強する要約の前段階の練習です。
一般に、物事を構造的にとらえることができるのは、小学5年生からだと言われています。文章を書くときに構成メモを作るなどという練習も、小学5年生から効果が出てきます。文章を読むときでも、その構造を自分なりに把握する読み方ができるのは小学5年生からです。
しかし、小学5年生の生徒に文章を要約させると、どの子も長すぎる要約になってしまいます。要約を短くまとめるポイントをつかむために、小学4年生のころに三文抜き書きをしています。
三文抜き書きは、「大事なところを三つ選ぶ」と考えると、難しくなってしまいます。「はじめ、中、おわりから三つ選ぶ」というように考えていってください。
[:初心者:]
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当教室は、中学受験のための国語専門塾というわけではありませんが、最近、中学受験生の保護者の方からのお問い合わせが多く寄せられているため、当教室での国語の勉強法についてご紹介します。
小学生の国語の成績は、読書量や精神年齢によるところが大きく、長い時間をかけて勉強すれば成績が上がるというわけではありません。もちろん、漢字、文法、慣用句等は時間をかければそれなりの成果が上がります。しかし問題は、読解力です。 当教室の教材は、各学年とも学年相当よりも難解なものとなっています。低学年のうちからこの長文を毎日音読することにより、読解力をつけることができます。
特に、小学5年生以降の教材は、難関中学入試問題レベルの説明文・意見文となります。毎日、この長文(1500字程度)を音読することが中学入試に必要な読解力をつける基礎となります。
小学2年生までは自由作文が中心ですが、小学3年生からは月に一度、小学5年生からは月に二度、長文の感想文を書く勉強をします。毎日の音読の上に、長文のテーマに沿った感想文を書くという勉強が読解力と表現力をつけていきます。
当教室では、通信教育で受講している生徒がかなりいますが、毎週担当の先生が、作文の書き方のコツや長文を読み取るポイントを電話でくわしく説明しますので、通信教育とは思えないほど継続率・提出率が高いのが特徴です。
勉強時間は、毎日の長文音読が5分〜10分、週に一度の作文・感想文が1時間〜1時間半です。これだけの勉強を続けていけば必ず国語の成績は上がります。
当教室の勉強法は考える練習が中心になるので、高学年になるほど成績が上がりやすいという傾向があります。入会後一ヶ月で偏差値が10アップしたという方もいますし、6年生の夏休み明けに成績が急に上がったという方もいます。
中学受験は、算数の比重が高く、国語にあまり時間を割くことができないというのが現実です。学習塾でも国語には実はあまり力を入れていません。そのような中で、当教室が少しでもお役に立てれば幸いです。
公立中高一貫校、公文国際を受験される方、また、帰国子女枠での受験などで作文試験がある方は、5ヶ月前より志望校に合わせた課題で作文の練習をすることができますので、ご相談ください。
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150字〜200字程度の記述式の問題の書き方についてです。
ひとまとまりの文章が書ける長さは150字から200字ぐらいです。1文の平均を50字と考えて、3文か4文でまとめるつもりで書くと書きやすいと思います。
文末は常体で書く方が一般的ですが、手紙のような内容のものは敬体の方が自然です。
感想は、基本的に与えられたテーマに対する賛成意見で書いていきます。ただし、「私もそう思う」という書き方ではなく、自分の言葉に直して「私は……だと思う」と書いていきます。意見の書き方は、「……がよい」「……べきだ」「……が問題だ」のような形になります。
意見を書いたあとの展開部分は、実例、理由、方法などの形で書いていきます。
否定的な意見や実例は、文章の力を弱める傾向があります。「私は、読書をしないのはいけないと思う。私の友達は漫画ばかり読んでいる。」と書いていくよりも、「私は読書をするのはいいことだと思う。私の友達で本の好きな人がいる。」と書いていく方が、力のある文章になります。
結びには必ず反対意見に対する理解を入れます。「確かにBということもわかるが、私はAがよいと思う」というまとめ方です。結びの意見は、書き出しの意見に対応させます。余裕があれば、「人間は……だ」という一般化した書き方を入れていきます。更に余裕があれば、「○○はAではなくBである」という形で光る表現を入れていきましょう。
【例:読書についてあなたの考えを書きなさい】
私は、もっと本を読むべきだと思う。
そのためには、学校などで読書の時間を設けることも一つの方法だ。私の学校でも朝読書の時間ができてから本を読む人が多くなった。
確かに、本を読むだけでなく実際に行動することも大切だ。しかし、読書は人間の幅を広げると私は思う。
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最近、音読や暗唱という勉強法を取り入れるところが増えてきました。
言葉の森の音読・暗唱という自習方法は、貝原益軒の和俗童子訓の現代的解釈に基づいて、言葉の森が独自に考案したものです。
その特徴は、現代語の文章を暗唱できるぐらい反復して音読するという方法です。よく寿限無(じゅげむ)でも何でもいいから何しろ音読することが頭をよくするという人がいます。それはそれでかまいませんが、言葉の森の考えている音読は、自分が文章を書く際に生かせるような文章の音読です。
また、教科書の音読を宿題にする学校も増えていますが、ただ音読するだけでなく、暗唱できるぐらい反復して音読することが大切です。
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[:音符:] 受験のための勉強から、勉強そのものの面白さへ [:音符:]
今後、長期的に見ると、受験戦争は次第に緩和され、子供たちの勉強時間は年々少なくなることが予想されています。既に、高校入試では全入の体制が作られており、その入試も公立高受験の場合は内申点でほぼ決まるので、中学生は熱心に勉強をする動機を持ちにくくなっています。また私立の中高一貫校でも、中高一貫の中だるみ現象がマイナス面として出ています。
高校入試の緩和と同じことが今、大学入試でも起きつつあります。大学も既に、希望者全入に近い状態になっているので、受験生の学力は年々低下しています。これは、将来、日本文化の危機と言われるほどのものになると思われます。分数計算のできない経済学部の学生がいま問題になっていますが、これと同じようなことが例えば、社説も読めない大学生などというかたちで生まれてくると思います。既に、新聞の少し硬い文化欄になると、もう読みきれないという大学生は多数いるはずです。
日本の子供たちの勉強時間は、他のアジア諸国の子供たちの勉強時間に比べてどんどん減っています。日本で受験勉強が過熱のように見えるのは、受験期間の間だけです。
日本の社会全体に勉強を軽視する風潮が生まれつつあります。この中で、子供たちに、受験のためだけでない自分自身の向上のための全面的で創造的な勉強を提供していくことがこれからの大人の役割になってくると思われます。
この全面的で創造的な勉強を、作文を書くというかたちでまとめていくことが言葉の森の作文指導の目標です。そして、この作文の勉強を、小中高の間だけの勉強にとどまらず生涯続けられる勉強として位置づけていきたいと思っています。
子供たちが作文の勉強に熱心に取り組むようになるためには、作文の勉強全体がひとつのストーリーを持っていて、子供たちがゲームをするような喜びを持って主体的に勉強を進めていけるような仕組みを作っていくことが必要です。
勉強でもスポーツでもゲームでも、おもしろさの本質は共通です。いろいろな知識や技術を自分の創意工夫で組み合わせて困難な課題を克服して前進する、というのがおもしろさの中身です。ゲームでは、この前進のストーリーが既にプログラムされているので、創意工夫の余地は限定されています。しかし、勉強については、この創意工夫の余地が幅広くあります。更に作文の勉強は、文章を創造するという点で、ストーリーそのものを新たに作る自由度もあります。
日本には、万葉集などに見られるように、短歌や俳句が大衆的な文化として普及しているという伝統がありました。この伝統の上に、600〜1200字の作文の文化を新たに作っていくというのが、作文の生涯学習のイメージです。その生涯学習にいたる前の小中高時代は、作文の勉強がゲームのようにおもしろく、しかも読解力や国語力も身につく、というかたちの教室を作っていきたいと思います。
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自動車の免許を取るために教習所に通った人にはだれでも経験があると思いますが、教習所の先生の多くはよく怒ります。これはなぜかと言うと、自分が簡単にできることを、懇切丁寧に説明するのはストレスのたまることだからです。
同じことが、家庭で子供の勉強を見る際にも言えます。親が子供の勉強を見るときに、よくしてしまいがちなあまりよくないやり方が二つあります。
第一は、説明しすぎることです。勉強の本質は、本人が自分で考えて理解して蓄積することです。しかし、大人はつい、教えることによって勉強をさせているような気持ちになってしまいます。くわしい説明自体は悪いことではありませんが、くわしい説明をしているとその反動でまず親がくたびれます。次に聞いている子供がくたびれてきます。勉強は、簡単に説明して早めに切り上げて、翌日また反復するというやり方で、何度も軽く反復することが理解を定着させるために必要なのですが、一般にどの親も、その日のうちにたっぷり説明をして一回で定着させようと重すぎる説明をしてしまうのです。
第二の、弱点は、第一の「説明しすぎる」とセットになっていますが、すぐ叱ってしまうことです。自分が自動車教習所で教わったときを思い出してみるといいと思いますが、カーブでは溝に落ちる、縦列駐車はうまく入らない、ブレーキを踏めばガクンと止まるなど、今では無意識にじょうずにできることが当時は全然できなかったはずです。どうしてできるようになったかと言うと、何度も繰り返し練習したからです。子供の勉強も同じです。一を教えて十を知るような子供はどこにもいません。すべての子は、十を教えて一を知るようなのんびりとした歩みで勉強を身につけていきます。
このように書いている私も、自分の子供の場合、何度か教えてもうすっかりわかったと思っていることを聞かれると、つい怒りたくなってきます(笑)。ただ、私はそのあたりの事情がわかるので、意志の力で、心を神様にして(鬼にして、の反対ね)、「うん? なになに。これは昨日教えたばかりだけど、難しいからなあ。さて、じゃあ、もう一回説明するよ」と、昨日と同じことを同じように説明します。そして、できるだけくどく説明しないようにして切り上げます。
不思議なことに、同じことを五回も六回も繰り返すと、子供は教えられているという意識なしに自然に理解をしていきます。これをもし一回で五、六倍の時間をかけて教えようとすると、同じ理解をするのに、親も苛立ち子供も嫌がり互いに大きな摩擦を味わわなければなりません。そして、その摩擦の原因を、親は「子供が本気で理解しようとしないからだ」と思い、子供は「親の教え方が悪いからだ」と思いますから、やがて親子で勉強することはだんだん難しくなってきます。
しかも問題は、こういうやり方がよくないということに、子供が低学年のときは、親も子供も気がつかないことです。子供が素直に言うことを聞く低中学年の場合、親はつい無理に教えたり、できないとすぐに叱ったりしてしまいます。低中学年のうちはそれでも通用していますが、高学年になると次第に親から勉強を教わることを嫌がるようになってきます。子どもが低学年のうちから、優しく軽く反復するような勉強法を心がけていってください。
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さて、今考えている国語の新しい勉強法は、名づけて「読解マラソン」です。何か、アルクでもやっていそうな名前ですが。(笑)
国語力のある子は、よく本を読んでいます。しかし、国語力のない子に、今から本を読んで国語力をつけようというのは、話が悠長すぎます。国語力は生活の中から出てくるものなので、今まで本をあまり読まない生活をしていた子が本を読むような生活になるのは、遅起きの子が早起きに変身するのと同じぐらい不可能です。
この遅寝遅起きを早寝早起きに、自分の意志で変えることのできる人はまずいません。たいてい、学校や職場が遠くなったのでやむを得ず早起きになったという程度です。それぐらい、生活パターンというものは変えるのが難しいのです。
私自身、自分がもっと早起きになりたいと思い、あるとき思い切って新聞配達をすることにしました。仕事ですから、寒くても雨が降っても決まった時間に起きなければなりません。さすがに冬の朝3時に起きて自転車で新聞販売店まで行くのは苦痛でした。途中、自販機で熱い缶コーヒーを買って飲むと、ちょっと元気が出ました。そのときに見上げた冬の空に月と星がこうこうと光っていました。私はそのとき、国旗によく月や星がデザインされている理由がよくわかりました。あの月や星は、人間の決意の象徴なのだと思います。
さて、最初は苦痛だった新聞配達もやがて慣れてくると全く平気になり、ほぼ半年で早起きの習慣ができました。その後、今でも早起きです。今日は夜中の12時半ごろ起きました。(笑)
さて、脱線を元に戻して。(^^ゞ生活習慣を変えるのは、これぐらい難しいという話でした。つまり、これまで本を読まなかった子が何かのきっかけで本をよく読むようになるというケースは、きわめて稀だということです。よほど強力なきっかけか、3ヶ月から6ヶ月にわたる継続的な働きかけがなければ、本を読むようにはなりません。私の実感として、何かが身につくのはやはり半年ぐらいの期間が必要だと思います。
読解マラソンには、市販の国語問題集を用意します。普通の本でもいいのですが、よく売れている本は、物語文のジャンルが多く、中には面白いことは面白いが密度が薄いというものもあります。そういう本は、短い会話と短い文で話が展開していくことが多いので、文章の質としてはマンガと同じです。同様の理由で、学習マンガも、文章の質としては物足りないものが多いと思います。
国語問題集であれば、物語文と説明文が比較的バランスよく配置されています。そして、これは私の経験からですが、問題集は読み物としても意外と面白いのです。
勉強で大事なのは反復ですから、問題集をまず毎日何ページ以上と決めて読んでいきます。そして、最後まで読み終えたら、また最初から読み始めます。目標は1冊の問題集を4〜5回繰り返して読むことです。こう書くと簡単そうですが、これはなかなか実行できません。人間は、同じことには飽きるようにできているからです。特に小さい子供は同じことを繰り返すということにはすぐ飽きます。それでマラソンと言うのです。
昔、ランニングマシーンというものがありました(今でもあるか)。雨の日でも室内で走れるので便利なようですが、周りの景色が変わるわけではないので、すぐに飽きてしまいます。勉強も同じです。周りの景色が変化したり、友達も一緒に走ったりしていることがわかれば、続けにくいものも何とか続けられるようになります。
周りの景色に相当するものが、この場合はやはり国語の成績です。読解マラソンを始める前に、その問題集のあるページを時間内に解きます。そして、その問題集を何回か繰り返して読むたびに、別のページの問題も解きます。何人もで取り組むので、自然に平均正解率というものができますから、自分がどれだけ読む力が進歩しているかわかります。このときに大事なのは、最初から無理していい成績を取らないということです。(笑)
今、言葉の森でも、速読の問題をやっていますが、最初に無理して高得点を取った子は、グラフがなかなか上向きになりません。普通に読んでいれば、自然にグラフは右肩上がりになるものです。
単調な勉強であっても、それが実際に成果と結び付いているということがわかれば、やる気が出てきます。そして、もっと大事なことは、読書には、もともと人をひきつける力がありますから、この問題集読書は、実は途中から楽しい勉強になる可能性があるということです。
これも、私のうちの子供の話ですが、子供のころは、勉強らしい勉強はほとんどしませんでしたが、読書だけはよくしました。我が家ではゲームの時間は1日15分と決まっていましたが、休みの日で雨が降っていて遊びに行けないときなどは、子供はゲームをしたがります。そういうときは、「よし、それじゃあ、読書を50ページしたらゲームをしていいよ」とか「読書を50ページしたら、どこかに遊びに行こう」などとよく言っていました。
子供は、勉強をするというのは嫌いですが、読書というのは半分遊びのようなものですから、気軽にします。そして、読書は力がついてくればくるほど、好きになってくるものです。問題集読書は、最初は難しく感じるかもしれませんが、途中からはエッセイ集でも読むような気軽な感覚で読めるようになってくると思います。しかも、読むたびに、次のテストで点数が上がるだろうという見込みがあるので、更にやる気が出てきます。
そして、このように問題集読書である程度力のついた生徒は、いつまでも勉強と読書の中間にあるような問題集読書に留まらせずに、積極的に本を読むような働きかけをしていきます。やはり1冊通して読む本の方が感動は深いからです。
以上が、新しい国語勉強法の概略です。
実は、この勉強法は、将来の作文検定と長文教材の関係として考えていたものです。つまり、教材をしっかり読んで力がつけば、それに応じて作文の力も自然につくという勉強の仕方です。作文検定は、まだこれから普及するものなので、とりあえず、言葉の森で読解プラス作文という形の勉強法に取り組んでいきたいと思っています。
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