https://youtu.be/j_2jjTJ-8Yo
森リン3.0に内容評価も組み込むようにしました
連休明けまでに、完成する予定です。
評価する内容とは、次の5種類です。
・個性(その人らしい、ほかの人にはない、個性的な経験、感想があること)
・挑戦(その人にとって新しいことや難しいことに挑戦したこと、又は挑戦しようとしていること)
・感動(その人が感動したこと、又は、感動的に見たり聞いたり感じたりしていること)
・共感(その人が、自分の弱点や失敗や後悔や葛藤などを正直に書いていることで、読み手が共感するようなこと)
・笑い(その人らしいユーモアや笑いが感じられること)
試しに、ある作文を取り上げて森リンに講評(150字)を書いてもらいました。
以下は、森リンの講評です。
「成果のために頑張り続けることに疑問を持ち、やる気を失ったこともしばしばあった。」という一文には、迷いや葛藤を正直に見つめる姿勢が表れており、読み手の強い共感を呼びます。また「入試は自己推薦での挑戦だ。」と自ら道を選び取ろうとする姿には、あなたの前向きな挑戦心がはっきりと感じられます。揺れながらも自分の価値を問い続けるところに、この作文の大きな魅力があります。
対象にした作文は、1月の中3の森リン大賞第1位の作品です。
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いざというときに
久しぶりに学校へ行くと、クラスは受験一色になっていた。その勢いに少し怖気付くも、動じていないふりをして席につく。本の上の小さな文字たちがぼやけてくるのを眺めながら、焦らなくてはいけない時が来たのだとじわじわ気づくのだった。
人間はふだんはのんびりやっておき、いざというときに全力を出せるように生きていくべきだ。
第一の方法として、いざというとき全力を出すために、ふだんから幅広い教養を身につけておくことだ。調べてみると、教養とは「学問・芸術などにより人間性・知性を磨き高めること。またそのことによって得られる豊かさ」だそうだ。思っていたより抽象的である。振り返ってみると、私が行っている教養を深めいそうな活動は多い。ギターや語学学習、針仕事に幅広い読書、茶道など日々毎日行うことに加え、交流会や講座にも足を運んでいる。
学校に行かない日々というのは案外暇で、自分のしたいことを心ゆくまま追求できる。一生懸命勉強するわけでもなく、スケジュールを管理するわけでもない私は、一日の大半を興味のあることに費やしてきた。
しかし、毎日知識や技術を高めても、蓄えたものを披露する場がなく、感じることのできない成果のために頑張り続けることに疑問を持ち、やる気を失ったこともしばしばあった。
そんな葛藤を抱えながらも、この春私は高校生になる。入試は自己推薦での挑戦だ。学校の成績は出なくても、今まで深めてきた教養を生かして挑戦した数検や英検、中国語に習字などを武器に頑張りたいと思う。今まで蓄えたものたちがようやく披露される時が来たのは喜ばしいことである。
いざというときに自分の出せる札を多く揃えるために、後悔しないためにふだんから幅広い教養を深めることが大切だと強く感じた。
第二の方法として、社会が成果だけでなく、意欲や好奇心、可能性も評価することだ。
トーマス・エジソンは幼い頃、好奇心が強すぎるあまり、小学校を退学させられ、その後は家庭で学び「発明王」になったそうだ。
現代においても依然として私たちは目に見える結果で人を判断しがちである。受験に就職、転職などといった自己アピールの場では、皆資格や実績を並べ、自分の価値を示そうと必死になる。
だが、私たちはその人の本質を見抜けているだろうか。私たちは表面的な成果だけを評価していないか立ち止まって考える必要があると考える。例えば、大きなキャベツを買ったものの中身がスカスカだった、という経験は珍しくない。また小さいキャベツでも中身が詰まっていておいしいということもある。
人の価値も同様に、肩書きや見た目だけでは測れない。エジソンも学校では評価されなかった好奇心や探究心、意欲が強みとなり、1300個にも上る発明をした。好奇心や可能性を評価することで、新たなものが生まれる社会、成長できる社会づくりにつながると思う。
確かに日々の努力が評価されると嬉しい。
しかし、「知識がはしごを作ったのではなく、2階に上がりたいという熱意がはしごを作ったのだ」という言葉があるように、日々内申点を気にする生活より、自分の好奇心を探究し、熱意を蓄えていく方が大切なのではないかと考える。目まぐるしく変わる世界だからこそ、私はふだんから教養と熱意を育て、いざというときに自分らしく全力を出せる人でありたい。
https://youtu.be/FZmr6BDbTI4
●項目指導という作文の指導法
言葉の森は、作文教室の創設当初から項目指導を行ってきました。
その理由は、子供自身にわかるような客観的評価でなければ、作文を書くための学習意欲に結びつかないと考えていたからです。
●作文の表現を分解して項目化する取り組み
その項目指導を充実させるために、子供たちの作文が多数掲載されている作文集の本を何冊も読み、その中に共通する表現項目を抜き出しました。
そのうちのいくつかが「たとえ」や「会話」や「思ったこと」です。
また、同じ「会話」でも、「長い会話」や「味のある会話」があります。
また、「思ったこと」でも、「自分らしい思ったこと」や「口に出さないが心の中で思ったこと」などがあります。
そうしたさまざまな表現を項目化しました。
●学年に応じて変わる評価の視点
もちろん、「たとえ」や「会話」は小学生の作文の場合ですから、中学生の意見文や高校生の小論文ではまた別の項目になります。
最初は、これらの指導項目を数多く載せていましたが、子供たちがその項目に習熟するよりも、次々と新しい項目を求める面が出てきたので、項目の数は本質的なものだけに絞るようにしました。
それが言葉の森の現在の項目指導です。
●森リンへの項目指導の組み込み
この項目指導は、言葉の森の独自の指導法でしたから、当初は森リンに組み込むことは考えていませんでした。
しかし、作文指導を行う場合、項目指導があるかないかで指導のしやすさが大きく変わります。
たとえば、単に「この課題で作文を書きなさい」と言うよりも、「この課題でこういう項目を入れて作文を書きなさい」という方が、生徒も書くための目安ができるので書きやすくなります。
そして、書きやすくなることによって、その生徒の本来の実力が発揮できるのです。
●森リン3.0での進化
これまでの森リン2.0は、一部に項目評価を入れていましたが、今後の森リン3.0では、それぞれの級の評価に、項目評価を本格的に組み込む予定です。
項目評価が組み込めるようになったのは、AIが単に言葉の上だけで評価するのではなく、その言葉に込められた内容面も評価できるようになったからです。
例えば、「たとえを使って書く」という項目でも、ありきたりの「たとえ」とその人らしい「たとえ」の違いがあります。
「たとえ」が書いてあること自体を褒めて評価する点は共通ですが、その褒め方が普通の褒め方だったり、大きな褒め方だったりという違いが出るのです。
●内容評価は点数化せず講評で扱う
また、森リン3.0では、この項目評価に加えて内容面の評価も取り入れることにします。
ただし、内容の評価については点数はつけません。
講評の中でその内容の良さに言及するという形にとどめます。
その理由は、内容というものが、作文に取り上げた題材に左右されることが多いからです。
作文力の基本は、平凡な内容であっても非凡な内容であっても、同じように表現豊かに書くことのできる力です。
だから、内容の評価は講評だけ、語彙力と項目の評価は点数化してわかりやすくするという指導法にしていくのです。