ある朝起きると、
草原が海になっていた。
そこで、元クジラは決心する。
「そうだ。クジラになろう」と。
生物の進化はそのようにして始まったのではないかと思います。
ダーウィンの自然淘汰と適者生存で、現在のような多様な生物種が現れるためには、宇宙の年齢よりも長い時間が必要なようです。ということは、まずあり得ないということです。
確かに、ちょっと考えてみるだけでも、単細胞生物が人間になるまでに数十億年で間に合うとは到底思えません(笑)。
今西錦司は、生物の進化は、「いっせえのせ」で始まったというようなことを書いています。
ダーウィンの一応理屈の通った進化論と比べると、あまりにも日本的な進化論です。
しかし、たぶん本当のところはそれに近いのでしょう。
日本の近代化も、一種の進化でした。これまでの体制では、西欧列強に囲まれた世界の中で生きていけないから、一挙に近代化を推し進めたのです。
こういう進化に近いことは、個人の人生の中でもときどきあるようです。
そのときに大事なことは、決心です。
理詰めの周到な準備が必要なこともありますが、いざというときには大胆に決心する気持ちを胸に秘めておくことが大事なのだと思います。
そこで、今日のテーマは、決心。
1、決心についてひとこと、
又は、
2、「け、つ、しん」で五七五、
又は、
3、何でも自由にどうぞ。
今日、横浜は久しぶりの大雪。
わーい。ヽ(`▽´)/
チェーンを買いに行かないと。それから雪かき用のスコップも。
やはり普段からの周到な準備も必要でした。(^^ゞ
(写真は「SOZAIjten」より)
横浜は、こんなに降っていません。それに、こんな山ないし。
真面目な子で、言われたことを素直にやっているのに成績がふるわないという子がいます。勉強の時間はしっかり確保しているのに、それが成績に表れてこないのです。
そういう子の勉強法は、特に算数・数学において、できている問題を何度も同じように解いているというやり方になっていることが多いようです。
数学は計算という作業があるので、計算をしているときは一見勉強をしているように見えます。しかし、それは単なる作業の時間であって、勉強の時間ではありません。
できるレベルの問題を何題解いても実力はつきません。できない問題を解法を見て理解し、何回か繰り返したあとにできるようになるから実力がついてくるのです。
ところが、言われてみると当然のこのことが、子供本人はもちろん、親や先生も気づいていないことが多いのです。
子供の立場で考えてみると、できなかった問題があった場合、だれに聞いていいかわからないということがいちばん大きいと思います。学校や塾の先生には、自分が個人的にできない問題をわざわざ聞きに行くというのは気が引けます。しかし、解法をいくら見てもわからないときはだれにもあります。
そういうとき、やはり頼りになるのは父や母です。親はもう勉強の現役ではないので、中学生ぐらいの子供に数学の問題を聞かれても、すぐに答えることはできません。しかし、子供と一緒に解法を見て、どこがわからないのかを理解することはできます。
親が考えてもわからない場合は、職場で数学の得意そうな人に聞いてみるといいのです。子供のころ数学が苦手だった親でも、年齢による理解力は、中学生時代よりもずっと高くなっています。そして、漠然と問題全体がわからないというのではなく、その解法のある部分から次の部分へ移るところがわからないということですから、聞かれた方もそれほど負担にはなりません。
このようにして、子供がわからなかった問題を、親が一緒に見てあげるうちに、だんだんと親の方が子供よりも数学の勘が磨かれてきます。これは年の功です。
子供の成績がふるわないときは、まず親がその問題を一緒に見て考えてあげることです。これは、数学だけではなく、英語でも国語でも同様です。一緒に解いてみることで、たとえそのときはうまく解けなくても、問題の焦点がはっきりしてくるのです。