豊かな日本を作ろう。
そのためには、自分たちが心から求める豊かさが何かをはっきりさせることだ。
これまでの惰性で豊かさを考えるのではなく、
豊かさの理想を新しく創造しよう。
日本にあるお金の大半は、使われないまま貯まっているので、それが国債の購入などに使われています。
使われないお金を国が代わりに使っていると言っても、その使い道の多くは、利権を考えた使い道です。
大事なことは、国民が、本当に使ってほしいところを指し示すことです。
それはもう、橋や、道路や、建物ではありません。そして、新たに計画されている国民番号システムでもありません。
国民が真に求める豊かさは、働くことが楽しくてたまらない仕事をだれもが自分の手ですることです。
それは昔、人口のほとんどが農業に従事するような形で小さく実現していたときがありました。
それを今度は、高度な科学技術とネットワークの基盤の上で、更に文化的、創造的に作り上げることのできる時代に私たちは生きています。
お金は、わくわくできるものに使うことによって社会の中で回り始め、生きたお金となって社会全体を潤していくのです。
そこで、今日のテーマは、豊かさの理想。
1、豊かさの理想についてひとこと、
又は、
2、「ゆ、た、か」「り、そ、う」で五七五、
又は、
3、何でも自由にどうぞ。
今日は、曇り空からやや雨模様。
春の雨が大地を静かに潤して、もうすぐ楽しい春休みです。
仕事をしている人の中には、春休みほど忙しいという人もいると思いますが、真に豊かな未来を目指して、今日もいい一日をお過ごしください。
(写真は「SOZAIjiten」より)
小さな一滴もやがて海につながる。
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豊かさとは何か、考えるときふと頭に浮かぶのはメーテルリンクの「青い鳥」です。雨の中を歩く喜び、働く喜びなど、経済力の発展とは別の次元で幸せがあると気づいている人は、実はずっと昔からいたのではないでしょうか。
今は10歳になった子どもに本を読むことを教え始めたとき、教育というよりは、人生の楽しみを分けてあげたいという気持ちのほうが強かったかもしれません。ここ数年の経済危機や自然災害、世界的な社会構造の変化などのニュースを目にするにつけ、先例のない時代を生き抜いていくわが子には、氾濫する情報の中から「本物を見抜く力」を養って欲しいと考えています。絶え間ない変化の中でも自分を見失わず、他者との関わりの中で生きていくこと、自分がかけがえのない存在だと心の奥底で信じている人こそ、どんな時も豊かであると思います。
ちゃくちゃくさん、ありがとうございます。
本当にそのとおりです。先例のない時代だからこそ、自分自身が何を幸福に感じ、何を豊かと感じるのかという自分なりの基準を持つ必要があるのだと思います。
これまでの社会では、経済的により豊かな生活をしたいということで、幸福の基準の最大公約数がありました。
今でももちろんそういう幸福は大きな位置を占めていますが、これからは、経済的に豊かになったあと何を目指すのかということを考えなければならないのだと思います。
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毎日、自習で音読や暗唱や読書をしていると、子供の日本語環境が豊かになってきます。
そして、この毎日の音読をもとにして、週の1回土曜日の夕方などの家族の団欒(だんらん)の時間に、子供に音読した長文の内容を説明してもらいます。この場合、長文を見ずに、頭の中にある範囲で説明します。
お父さんとお母さんも、できるだけ事前にその長文に目を通して似た話を考えておくとよいでしょう。考えるヒントは、言葉の森のホームページの授業の掲示板などを参考にしてください。
対話は、ディベートではありません。相手の言ったことに反論したり批判したりするのではなく、相手の言ったことに対して、自分の似た話を付け加える形で発展させていきます。両親が仲よく対話を発展させるやり方を見て、子供も将来必要になる対話の方法を学んでいきます。
家族の対話には、年の違う兄弟も入ります。まだ話もできないような子がいる一方で、すでに大学生になっているような子がいてもいいのです。年齢の違う家族が集まってそれぞれの得意分野を、相手の理解度に合わせて話すことが大事です。
家庭によっては、父親が不在がちで、母子2人だけというところも多いと思います。そういうときは、近所の同じ年齢の子供のいる家庭と合同で対話をするのもいいでしょう。毎週1回ホームパーティー形式で、子供たちが1週間の暗唱や音読の成果を発表し、それについて複数の親子が対話をするという形です。
以上の自習と予習が、作文の勉強を進める上で、かなりの重要性を占めています。
言葉の森以外の作文指導では、作文を書かせたあとの添削や講評がほとんどすべてです。言葉の森は、これに対して、作文を書く前の事前指導に力を入れてきましたが、事前指導よりももっと大事なのが、事前の自習と予習だということがわかってきました。
自習と予習ができていてこそ、週1回の作文の勉強で実力がつき意欲もわいてくるのです。
週1回の家族の対話の中では、次の週の課題でどんなことを書くかということも子供から説明させます。この説明が表現力の練習になります。日常生活の話題よりも少しレベルの高い話を、他人にわかるように言葉を選んで話すというのが語彙力をつける練習になります。
ここで、聞いている大人にとって大事なことは、子供の説明の仕方に不十分な点があっても、決して注意しないということです。音読でも、暗唱でも、読書でも、すべて同じです。
大人は、子育てになれていないうちは、つい欠点を注意して直そうとします。しかし、社会生活の経験を積んでくるとわかるように、大きな注意はたまには必要ですが、小さな注意を繰り返すと、子供が萎縮してしまうというマイナスが生まれてきます。子供のすることには欠点があっても、その欠点には目を向けず、ほかのよいところを褒めるだけで、子供は全体的によくなっていきます。
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