相撲でも、柔道でも、いろいろな技があります。上手投げ、一本背負い、大内刈りなど。
それらの技が型として作られているので、型の練習をすることが技を身につける練習になります。
ただの力や体の大きさで相手に勝つのではありません。技で勝つので、小さい者が大きい者を倒すこともできるのです。
力よりも技が物を言うのが、人間の動物と違うところです。
この技の型に相当するものが、作文で言うと構成や表現の項目です。
言葉の森では、作文のテーマに合わせていくつかの型を組み合わせて書く練習します。
例えば、複数の実例と一般化の主題、複数の理由と是非の主題、複数の意見と総合化の主題、複数の方法と当為の主題、複数の原因と社会問題の主題など。
こういう型の練習をしていると、作文試験の本番でも自然に構成のしっかりした文章を書くようになります。
力で書くのではなく技で書くのが、言葉の森の勉強法です。
しかし、技が効果を発揮するためには、それなりの力も必要です。
作文において力に相当するものは、豊富な語彙力です。
本をよく読んでいる子は作文もうまいというのは、読書によって語彙力がついているからです。
小学生の作文でよくあるのが、せっかくいい話を書いているのに、そのまとめの感想で、「楽しかった」「嬉しかった」「面白かった」などの平凡な言葉を使ってしまうことです。
読書の好きな子は、こういう平凡なまとめ方をすると、自分の中に何か納得できなものを感じるらしく、自然にもう一工夫をした書き方をします。
作文の勉強は、半分は作文の型の勉強で、もう半分は読書によって語彙力をつける勉強なのです。
facebook記事より。
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昔の江戸時代が、現代の科学と技術の中で再生したような、そういう時代がやがて来る。
誰もが往来で楽しく遊び、母と父のいる夕方の団欒がある。
勉強は、早朝から昼までの間に済ませ、午後には様々な創造や交流や貢献がある。
職業としての警察はなく、法律や罰則もほとんどなく、あらゆることが互いの温かな共感の中で認められる。
動物たちが人間と共存し、庭にも道にも花々が咲き乱れ、いつもどこかしらで宴会がある。
見知らぬ人たちも家族のように受け入れ、互いに相手を思いやり、美しく生きることが人生の基準になり、あらゆる動作が芸術になる。
花が咲き、鳥が歌うように、人間は絶えず創造する。
豊かさが溢れ、地表をどこまでも潤し、与え合うことが経済の法則になり、やがて地球が生き物たちの笑い声で光り輝く星になる。
そういう時代がもうすぐ来る予感がする。
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