
「……それ、フセンじゃなくてフーセンですけど」
読書は、再読によって、生きた知識になります。
しかし、ほとんどの人は、一度読んだらそれでおしまいという本の読み方をしています。それは、本に傍線を引いたり書き込みをしたりする習慣がないからです。これは本を汚すということに対する気持ちのブレーキがあるためです。もちろん、図書館から借りた本では、当然傍線や書き込みはできません。
そこで、言葉の森では、付箋読書という方法を考えました。付箋を貼りながら読んでいくというやり方は、傍線を引くよりもずっと手軽です。またフォトリーディングと組み合わせた付箋読書であれば、10分から20分で1冊の本を読み終えることができます。そして読み終えたあと、付箋の箇所を再読することができます。この再読できる点が付箋読書のいちばんの長所です
ところが、付箋読書には、付箋を貼って捨てるというのがもったいないという感覚がありました。そこで、はがせるスティックのりを使って自作の付箋用紙を作ってみました。A4用紙1枚で200から300の付箋ができます。これなら、使い捨てでももったいなくありません。
付箋読書は、付箋の部分を再読したあと、重要な本はさらに読書図にまとめることができます。この読書図というのはマインドマップのように本に沿ってまとめるものではありません。自分の関心に沿ってその本に書かれている内容や自分の感想を図示していきます。
本によって違いますが、1冊の本を読書図にまとめるのに30分から1時間かかります。ですから、すべての本を読書図にまとめる必要はありませんが、読書図まで書き上げた本は、1冊の本の中身が確実に自分のものになると思います。
(この文章は、構成図をもとにICレコーダーに録音した原稿を音声入力ソフトでテキスト化し編集したものです)
素読の反復による学習効果は歴史的にすでに実証されています。
しかし、理論的な裏付けがないので、音読や暗唱は、形式的、権威主義的なものになりがちでした。例えば、四書五経、憲法前文、平家物語、寿限無、枕草子などの暗唱は文化的な暗唱であって、決して教育的な暗唱ではありません。なぜならば、その暗唱によってどういう力がつくかということが明らかになっていないからです。
暗唱については、二つの理論が考えられます。
第一は、左脳の言語処理機構に流入する言語情報の多様性が増すことです。通常の文章の読み方では、入力される言葉は、目で見える範囲の数語のつながりだけです。ところが、暗唱では、目に見えないところから言葉を持ってくるのでその言葉が持つ意味の広がりが増えるのです。暗唱で入力される言葉は、主にイメージやメロディーを処理する右脳からやってくるので、言葉の持つ多様な意味がそのまま言語処理機構に流入してきます。このため、暗唱を続けていると発想が豊かになるのです。
第二は、同じ文章を反復することによって、神経細胞に入る情報が重複する機会が増えることです。重複した情報は強化されるので、反復によって定着度が高まります。これが、反復すればだれでもできるようになるという暗唱の方法論を支えています。
また、暗唱を繰り返していると、入力される情報が重複するだけでなく、ある神経細胞に情報が入力される直前にその神経細胞が発火するという状態が生じます。このことによって、入力情報を受け取る受容センサー自体が強化されます。この結果、短い文章を何度も反復することによって、物事の理解力そのものが高まるのです。
しかし、短い文章を単に覚える目的を超えて反復し続けるという勉強は、現代の社会では子供たちが飽きて実行することができません。そこで、言葉の森では、10分間で簡単にできる300字暗唱を進めつつ、記憶術のノウハウを身につける練習も兼ねてその300字暗唱を900字暗唱につなげていくというような勉強の仕方を考えています。