日本語は、長い文章を話したり書いたりすることにあまり向いていない言葉のように思います。
「くまのプーさん」という子供向けの本があります。作者はイギリスのロンドン生まれです。私は、昔この本を読みながら、日本人なら同じ内容をこう長々とは書かないだろうなあと思いました。日本人の感覚としては、不必要な説明や言い回しが多すぎる印象なのです。たぶん、こういう文章スタイルは、シェークスピア以来のイギリスの伝統なのでしょう。
日本の文化では、長さよりもむしろ、無駄を排した短さが尊重されてきました。それが、短歌や俳句などの短い詩形式となって表れています。
石川啄木の歌集や詩集にある短い文章を、日本人は一つのまとまった作品世界として味わいます。その短さに比べると、例えばゲーテの詩集などには、詩なのだか散文なのだかわからないと思うようなものがあります。
そんなことを考えているうちに、日本人のこの短さを好む傾向を、むしろ生かしていくことができるのではないかと思いました。
ところが、これまでの文学の延長で短さを生かすとなると、日本には短歌のように情景や心情を表す形式しかないようです。短歌の中には、意見や思想を盛り込んだものもありますが、論説的な内容を盛り込むのは無理があります。
そこで、考えたのが四行詩という形式です。
基準は、(1)四つに分けて書く、(2)自分なりの発見や創造を書く、(3)できればたとえや自作名言のような表現上の工夫をする、です。
日常生活の中で、ふと、いい考えを思いついた。しかし、長く書くほどの時間はない。短歌などの形式にはなりそうもない。そういうときに使えます。
次は、先日、あるところに書いた文章です。最後の四行目が自作名言になっています。
過去にさかのぼって、嫌だったことをすべて面白かったことに思い返す。
すると、そのときに傷ついたDNA情報が修復される。
そのようにして、人は次々と失われた遺伝子情報を取り戻す。
大事なことは、未来を明るく生きることではなく、過去にさかのぼって明るく生きてきたことだ。
これなら簡単。
四行という制約があるので、無駄に時間をかけることもありません。
作文の勉強としても使えそうです。
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作文小論文の実力は、ある程度まで字数力に比例しています。小学生から高校生の場合、同じ時間内にどれくらい長く書けるかを見てみると、文章力と文章の長さの間にはかなり相関があります。
しかし、もちろん例外もあります。一つは、小学校低学年で長く書きすぎる子は、意外と苦手な子が多いということです。長さだけを目的にするのであれば、句読点などを気にせずに、「そして」「それから」「それで」とどんどんつなげていけば、いくらでも長く書けるからです。もう一つは、高校生以上で、考えることや書くことが好きな子は、優れた内容の文章を密度濃くまとめることもあるということです。
長く書くコツは、二つあります。一つは、小学生の場合です。説明や感想を中心に書くと、字数はどうしても短くなります。逆に、描写の部分を増やせば字数は増えます。描写を増やすためには、そのときの会話を思い出すことです。会話の改行で字数が長くなるように見えるということもありますが(笑)、それ以上に、会話を書くことによって、そのときの様子を絵を描くように書くので自然に長く書けるようになるのです。
もう一つは、中学生以上の場合です。中学生以上になると、作文のジャンルが説明文や意見文になるので、描写的に長く書くことは難しくなります。そこで、実例を増やして書くようにするのです。その実例は、体験実例ではなく、主に知識実例です。本をよく読んでいると、使えそうな知識が蓄積されていきます。教科書で覚えるような知識は、断片的な知識であることが多いので、作文の実例としては役に立ちません。歴史の教科書をいくら読んでも歴史実例は増えませんが、ある人物の伝記を一冊読めば、そこからいろいろな生きた実例を身につけることができます。
そして、本当はもう一つ、長く書くための大事なコツがあるのです。それは、根性です(笑)。というとおかしく聞こえますが、「今日は、何が何でも○○字まで書こう」と思って、無理矢理にでも字数を引き伸ばすと、その無理矢理書いた字数が、なぜか自分の実力になっていくのです。
この根性というコツは、書くスピードにもあてはまります。書くのに時間がかかる生徒は、書き出す前に、「何が何でも○分で書き上げよう」と思って書くと、そのスピードが次第に自分の実力になっていきます。
これからの勉強の参考にしてください。
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4.4週の「山のたより」についている読解問題は、課題フォルダにはさんである読解マラソン集から出しています。
読解問題の答えを作文の丘から送信する人は、作文の丘に答えを入れる欄がありますから、清書と一緒にそこから送信してください。
読解問題の答えを作文用紙に書く人は、作文用紙に問題と答えがわかるように書いてください。書き方は自由です。住所シールは、清書の1枚目にはってください。問題の方にははりません。

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サツキ4.3週の長文で、一部ミスプリントがありました。
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5. やがて……、たねがついています。
6. 草のみです。
7. みなさんが、……めをだすばしょをみつけるのです。
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の6番の文が前後とつながりませんので、6番を飛ばして読んでおいてください。
正しい長文は、課題の岩に入れなおしました。
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言葉の森の作文の書き方は、あるパターンを指定してその枠に沿って書く形になっています。こういうスタイルで作文の勉強をしているところは、ほかにはないと思います。
なぜパターンや表現項目を決めて書くかというと、事前指導に力を入れるためです。事前に作文の書き方のアドバイスができるので、生徒は作文を書きやすくなるのです。
一つの書き方を何ヶ月も続けていると、作文を書く形が決まってきます。しかし、それで不自由になるかというと、そうではありません。
4.2週の言葉の森新聞に高3のM君のメッセージがあります。その中に、次のようなことが書いてありました。「作文を書くのが得意になってきたら、だんだんこの『設計図』を、自分なりに『崩してゆく』ことをしたいと思うようになるでしょう。私の場合、最初は学校の作文などでも、言葉の森で習ったような型で書いていましたが、作文が楽しくなると、それを自分なりに変え、いくつかの学期でのポイントを組み合わせるようになりました」
つまり、自分なりに自由な書き方をするための土台として、構成を決めて書く練習があるのです。設計図どおりに書く力があれば、設計図を自由に変更して書くことができるようになります。
自動車教習所で縦列駐車を学ぶときの方法も似ています。「車の左の角があの目印のとこころに来たらハンドルを左に切って、そのあと右の角があの目印のところに来たら右に切る」。これで、初めての人でも一度で縦列駐車ができるようになります。しかし、その方法は、その場所に停めるときにしか使えません。ところが、何度もその場所をその方法で停めていると、次第に縦列駐車一般の停め方が身についてきます。
似たことは、勉強の仕方にもあてはまります。成績を上げるコツは、同じ参考書や同じ問題集を何度も繰り返し勉強することです。ところが、多くの人はつい、同じものを何度もやるよりも、違うものを少しずつやった方がいいと思ってしまいます。
一冊の問題集を繰り返し解く場合、一回目で解けなかった問題が二十パーセントあり、二回目で解けなかった問題が十パーセントあり、三回目で解けなかった問題が五パーセントあれば、その問題集は最終的に九十五パーセント消化したことになります。しかし、一冊目の問題集で二十パーセント解けない問題があり、二冊目の問題集でも二十パーセント解けない問題があり、三冊目の問題集でも二十パーセント解けない問題があれば、それらの問題集は最終的に八十パーセントしか消化できなかったことになります。そして、かかる時間は三冊の問題集を解く方がずっと多いのです。
まずパターンをすっかり身につけるということを勉強の中心に置き、そのパターンの中身を豊かにする方法として、読書や体験に力を入れていくというのが作文の勉強の考え方です。
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3月31日発売の「週刊ダイヤモンド4月5日号」に、言葉の森が掲載されています。
「教育大不安」という特集の第四部「学校だけに頼らない『家庭力』の高め方」の中で五団体紹介されている中の一つです。
ちなみに、その五団体とは、野外体験の「花まる学習会」、理科実験教室の「サイエンス倶楽部」、出張理科実験の「リバネス」、マインドマップの「ブザン教育協会」、問題解決授業の「デルスタジオ」。いずれもある意味で現在あまり主流とは言えないような勉強の仕方をしている団体です(笑)。
言葉の森も、作文だけという、どちらかと言えばあまりメジャーでない勉強内容ですが、いちばんの違いはやはり年季です。
言葉の森が、なぜ、作文というマイナーな分野で20年以上も指導を続けてこられたかというと、それは日本に作文文化を作るという大きな目標があったからです。いま、その目標を作文検定という形で具体化しつつあるところです。
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3月4週に行った作文検定模試の返却は、5月になる予定です。
通常の検定試験の場合は、書き上げた作品をすぐに採点できますが、今回は先生のところでいったん作品を集約し、それを4月10日ごろに事務局で再度集約する形を取っているため、実際の採点開始が遅くなってしまうためです。
返却が遅れて申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
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今年、卒業した生徒に勉強のことを質問をしました。
質問
「言葉の森の勉強をしたことでどう変わったか」
言葉の森の勉強には、「文章を書く馬力」がつくことに最大のメリットがある。文章構成を先に示して作文させることで、ある程度の長さの文章を書く経験が得られる。これは小学校低学年の生徒が得られそうで得られない最大の経験だ。私の場合、この経験を積むことで、長い文章を書くことが楽しくなった。さらに、長い文章を書けるようになり、それを継続することで、自分の文章は洗練されていったと思う。(私は、文章は「量→質」の順に成長すると考えるが、言葉の森の学習法はそれに適している。)(M君 一橋大・慶應大経済学部)
毎週作文を書くことで、文章を書くことが話すことと同じくらい自然なことになった。大学受験でも、学校のテストでも、文章を書けといわれてとまどうということがなくなった。また、作文の説明や評価を先生から聞くことは、学校の先生でも身内でもない大人の意見を聞くことであり、自分の視野を広げ、精神的に成長させたと思う。(Nさん 早稲田大政経学部・文学部など)
質問
「国語力・文章力をつけることのメリットは」
国語力の向上により、難しい考えや思考に触れる機会が増える。その難しい考えを表現する文章力をつけることは、自分の考えを形成することだと思う。大学受験を通して感じたのは、どの教科をとっても、記述を中心とした学習を行った生徒ほど、マーク式の入試でも有利になっていることだ。これは、記述を中心とした学習により、より深い思考力が身につくことを示している。そして、その記述の前提となっているのが文章力だと思う。文章を書く地力がなければ、記述式の問題演習はスムーズに行えない。(M君)
国語力・文章力をつけることは、自分の好奇心を育て全ての学習の基盤を育てることになる。文字を読むことが苦痛だと、それだけで自分に対するチャンスが少なくなると思う。例えば、最近は新聞を読む学生が少ない。しかし、話題が多種多様なものを読むことで、自分が普段触れることのないテーマに出会い、そこで意外な興味を持つ可能性もある。(Nさん)
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