作文力は、国語力の頂点なので、国語に必要な要素はすべて作文の中に含まれます。漢字力も、読解力も、表現力も、作文の中に表れます。しかし、それは、作文を書くことによって漢字力や読解力がつくということではありません。作文を見ることによって、漢字力も読解力もわかるということです。読解力は、作文を書くだけで身につくわけではありませんが、言葉の森の作文指導では、暗唱の自習や感想文の指導などがあるので、それらの読む練習によって読解力がつくようになっています。
作文によって身につくものは、第1に表現することの喜びです。日本には、万葉集文化、日記文化などの、発表する文化や記録する文化がありました。ブログの発信数でも、日本では世界で最も盛んな国のひとつになっています。作文を書くこと自体がひとつの喜びになるという文化がが日本にはあるのです。
作文によって身につくものの第2は、構成力です。自分の考えをまとめる力と言ってもよいでしょう。構成力がつくと、本を読むときもその内容を構造的に読み取ることができます。会議などで話を聞くときも、多数の意見を構造的に整理することができます。作文力があると、会議の司会も上手に進行できるようになります。
第3は、文章を速く長く上手に書く力です。これは、作文の試験などに生かせるとともに、将来社会に出て文章によって人に何かを伝えるときに役立つ力です。文章を書くことに慣れていると、書くことが苦にならないばかりでなく、書くことによって他の人の考えにも影響を及ぼすこともできます。
第4は、創造する力です。OECDの学力調査で、日本の子供は、自由記述に弱いという結果が出ました。答えのはっきりした正誤問題はできるが、答えのはっきりしていないものを自分なりに考えて表現する力が弱いということです。作文を書くというのは、未知のものに形を与えてゆく作業です。この創造力が、作文によって身につくものの中で最も大事なものと言ってもよいかもしれません。
創造力を育てるという点から考えると、作文は、構成図を使って考えを深めるというところに、ひとつの重要な本質があることがわかります。構成図で考えた内容を文章に書き表すために作文があるというふうに考えることができます。また、構成図を書く際の発想を豊かにするために暗唱の練習があり、書くための材料となる生きた知識を増やすために、付箋読書や問題集読書や四行詩があります。そして、その作文を速く書き上げるために、音声入力などの技術があるという関係になっています。
言葉の森の作文は、国語の成績を上げることや、作文試験に合格することにも役立ちますが、それ以上に、創造力をつけることに役立つ作文なのです。
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上の4つの力はどれも社会に出て必要なことだと思いますが、表現することの喜びを知ってほしいと親として願っています。私の業界(内科医です)では競争社会が続くのはせいぜい30歳くらいまででそれ以降は自分の満足するコースを自分でみつけていかなくてはいけません。目標を見失って意欲をなくしてしまう同級生もいます。どのようなコースにすすんだとしても、自分の意見を表現し、それを認めてもらえる居場所を持つことが満足につながるように考えます。
コメントありがとうございます。
そうですね。いちばん大事なのは、書きたいことがある、言いたいことがある、したいことがある、ということなのでしょうね。
毎朝、起きるのがうれしくてたまらないという人生を送るのが理想なのだと思います。
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読書という勉強は、だれでも自分に合ったものができます。易しい本から難しい本まで、多様な本を自分の興味に合わせて自由にに選ぶことができます。この読書によって、国語力がつきます。
読解力の土台は、読「感」力です。文章を知的に理解するための前提は、その文章を感情を込めて読み取れることです。文章を読んでその内容を素直に感じることができるためには、読むことが自分の手足を動かすことのように自由にできなければなりません。魚が水の中で泳ぐときに、水の存在を意識しないように、読書をしているときに言葉の存在を意識しないから、読んだものに感情を移入することができるのです。
そういう読む力は、どこでつくのでしょうか。それは、読んだ量に比例して身につきます。ピアノや水泳のような技能の習得でも、いろいろな技術を学ぶ以前に、まずその練習に時間をかけることが習得の条件になります。
読書の場合も、読んだ時間に比例して読書力の裾野が広がります。この広がった裾野の上に、難読(難しい本を読む)という高い山頂を形成することができます。易しい本を自由に読む力があるから、難しい本も読むことができるようになるのです。
では、その裾野を広げるための方法は何でしょうか。よく、幼児期からの読み聞かせが大事だと言います。しかし、それ以上に大事なのが、小中高それぞれの時代に日常生活の中で読書の時間を作ることです。
生活の中での読書の時間として自然にできるのが、夕食後です。食後、又は夕方の勉強のあと、読書をして、その本が面白ければ寝るときまで読んでいるというのが、読書のある生活の姿です。
小学生の場合、こういう習慣がつくのは、小学校1年生のときです。小学1年生のときに、毎日、夕方に読書の時間があるという生活をしていれば、その習慣はずっと続きます。
その読書によって国語力がつき、その国語力によって学力全体がついてきます。勉強は、学校でするものであると同時に、それ以上に家庭の生活の中でするものなのです。
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