これまでの社会は、物を売って利益を上げ、その利益を再投資して物を作る、という経済のサイクルで成り立っていました。
これからの社会では、学ぶことによって個性を発揮し、その個性によって作り上げたものを教える、という新しい文化のサイクルが生まれます。もちろん、文化の時代にも経済は動くので、学ぶことや教えることにも利益は伴いますが、中心になっているものは、物を得るとか利益を得るとかいうところから来る喜びではなく、自分を向上させ個性を発揮するという喜びになっているのです。
この文化の時代には、教育の性質も変わってきます。
経済の時代の教育は、受験のための教育でした。人よりよい点数を取り、上位の学校に入ることが、社会のよいボジションを獲得するための条件になっていたので、教育もその競争のための手段となっていました。
文化の時代の教育は、自分の真の喜びを発見し育てるために、能力を全面的に向上させることが目的となります。もちろん、文化の時代にも経済は動いているので、創造的な個性を発揮することが、社会的な成功にもつながるという可能性は高くなります。しかし、これからの人間の求めるものは、社会的成功よりも、自分らしい自己実現になっていくのです。
このように、学び合い、教え合い、人間の能力を全面的に開花させる教育の場として、森林プロジェクトというものを考えています。
森林プロジェクトは、当面、子供たちの作文指導を中心としていますが、作文の学習を軸にして、家族の対話や地域のつながりを生かし、子供たちの能力を開花させるあらゆる教科を学習の対象としていくような場にしていきたいと思っています。
これまでは、物の時代でした。物の豊かさや生活の利便性が多くの人の求めるもので、それらを提供するものが、主に工業製品でした。
工業製品には、設備や資本が必要なので、物やサービスを売って利益を出し、それを再投資することが社会の流れの大きなサイクルになっていました。
しかし、物やサービスが行き渡るようになると、(行き渡り方がまだ不十分だとしても)人間の喜びは、物ではなく、自分の個性を発揮することに向けられるようになります。
ところが、個性は、その人の能力の水準によって開花の水準も異なってきます。例えば、食物を食べることは誰にとっても喜びですが、そこに表れる喜びの個性は、動物的な水準の個性です。人間の個性は、向上とセットになっていなければ、人間的な個性としては開花しません。
これからの社会は、多くの人が、自分の個性の発見と創造を求めて、自分自身を向上させることに向かう社会です。そして、何かを学ぶ人がいるということは、その何かを教える人がいるということですから、社会全体として学ぶことと教えることが組み合わさる形で進んでいきます。
経済の時代には、学ぶことは、個性を生かすことではなく利益を出すことに結びついていましたから、学ぶジャンル自体がきわめて狭く限られていました。
しかし、文化の時代の「学ぶこと」は、多様性に満ちていますから、学ぶ人と同じくらいに教える人も必要になります。(つづく)