プログラミングにしても、英語にしても、その他の習い事にしても、それらを学ぶこと自体は楽しいものです。
しかし、その楽しさの延長で、将来もそれを生かした仕事をしたいと思ってしまうと、それは少し違うのです。
自分の本当にしたいことは、本当はもっと別のことであることが多いのですが、それを探さずに自分の今できることを目的にしてしまう人が多いのです。
プログラミングを仕事にしている人は多いと思いますが、それを自分の子供にもさせたいと思う人は少ないはずです。
プログラミングは、自分が何か本当にしたいことを実現するためのひとつの(重要な)手段で、それ自体が仕事や目的になって楽しいと思うのは、ごく限られた人たちだけなのです。
https://youtu.be/Rm-obMSLhGM
この記事に関するコメント
コメントフォームへ。
勉強の本当の目的は、自分のしたいことをするための手段を身につけることです。
しかし、小さいころは自分のしたいことなどは当然わからないので、学校で教科を決めてテストをします。
すると、真面目な子供たちの中には、そのテストという勉強が自分の目的のように思ってしまう子が出てくるのです。
それを、さらに親が助長している面もあります。
親は、勉強という手段と本当の目的とのバランスを考えていくことが大事です。
人間が本当に好きなのは創造です。
勉強にはそういう創造の面があります。
遊びにも同じような創造の面があります。
勉強の創造的な面がわかりにくいものですが、遊びの創造的な面はすぐにわかります。
プログラミングや英語は、そして作文も、創造的な面がわかりやすい勉強です。
しかし、いずれもある程度上達しないと、遊びのような面白い面は出てきません。
その順序は、プログラミング>英語>作文になると思います。
同じカテゴリーの記事
同じカテゴリーの記事は、こちらをごらんください。プログラミング教育(5)
作文の勉強をしていて親子の仲が悪くなったという話を聞きました(笑)。
作文には、その子の勉強や生活や人間関係の最も象徴的なものが表れます。
作文がよく書けるときは、勉強も生活も順調に行っているときです
作文が書けないときは、勉強も生活もうまく行っていないときです。
作文で親子関係が悪くなるのは、勉強と生活で親子関係に問題が出てきているためです。
その最も大きな原因は、子供が自立しようとする時期に、親がまだ子供をコントロールしようとしていることです。
逆に、作文に毎回、お母さんやお父さんへのの面白い取材をしてくる子がいます。
それは、生活全体で親子関係がうまく行っているということです。
作文の勉強がうまく行くことをひとつの基準として子育てをしていくことが大事です。
https://youtu.be/eew1NqX3_UI
この記事に関するコメント
コメントフォームへ。
作文には、その子の生活全体が反映しています。
やる気のないときに、いい作文を書くことはできません。
悲しいときに、楽しい作文を書くことができないのと同じです。
だから、作文に問題があるときは、その子の勉強や生活全体に問題があるときで、逆に作文がうまく書けるようになったときは、その子の生活全体がうまく行っているときなのです。
だから、子供が作文をしっかり書けることを基準にして子育てをしていくといいのです。
この記事の内容とは関係ありませんが、外に出てみると、雪の中でツクシが顔を出していました。冬と春が仲よく共存です。
同じカテゴリーの記事
同じカテゴリーの記事は、こちらをごらんください。家庭で教える作文(55)