子供に勉強力をつける上で最も大事なものは、考える力です。考える力と言うと抽象的ですが、もっとわかりやすく言うと、考えることを苦にしない力です。更には、考えることを楽しむ力と言ってもよいでしょう。
計算の練習や漢字の書き取りやいろいろな知識の習得は、時間をかけさえすれば誰でもできます。小学校低中学年のころの勉強は、このような、やりさえすれば誰でもできるようになる勉強です。
しかし、小学校高学年になると、次第に考える問題が出てきます。国語では、環境や言語や文化や人生などという分野の文章が多くなります。算数では、計算のルールをあてはめるだけでは解けない問題、自分なりに図を書いてみないとわからない問題が出てきます。理科でも社会でも同様です。
そのときに、考える力のある子は、そういう問題を面白いと思い、考える力のない子は、そういう問題を面倒と思います。ここで、面白いと思える子は、その後の勉強がどんどん進んでいきます。
だから、小学校低学年のころは、考える力の土台を作ることが大事です。
しかし、その考える力は、勉強をすることではつきません。低中学年の時期に、国語や算数の問題集をいくら解いても、考える力は育たないのです。
考える力は、親子の対話の中で育ちます。
親と子の間の話というと、多くの場合、親が一方的に注意をしたり、説教をしたり、説明をしたり、理解させたり、わからせたりするような形が多いと思います。親が中心で、子供はそれに従うものという形になりやすいと思います。
しかし、これでは考える力は育ちません。
親子の対話では、親と子が対等の人間としてお喋りを楽しむというような話し方が大事です。ちょうど、親が同年代の友達と話すような姿勢で、相手とのやりとりを楽しむような雰囲気で話を進めていくのです。
そして、その対話の中で、親ができるだけ自分の子供のころの体験談を話してあげます。
また、小さい子供が相手のときは、ダジャレやギャグや冗談や笑いを入れて、できるだけ面白い話をしていきます。そのためには、親が自分の言った冗談を楽しむような気持ちも必要です。
しかし、そういう楽しい話でありながら、話の内容は、大人相手に話すような真面目な内容や難しい語彙も取り入れて、子供を一人前の話相手として扱っていくのです。
子供を子供として扱うのではなく、一人前の話相手として扱い、親自身が子供との話を楽しみ、子供の言うことを大人の話を聞くように尊重して扱っていると、子供の思考力は育ちます。
言葉の森の作文・感想文の勉強をしていると、毎週の長文の音読がこういう対話のきっかけとして活用できるようになります。
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よくしりとり遊びをしました。「動物」「食べ物」など、テーマを決めて遊んでも楽しいです。これも親子の対話?でしょうか。
子供と楽しく遊び、親もそれを楽しむという感覚が大事ですね。
その中でも特に、子供との対話を楽しむというのがいちばんのポイントになると思います。
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言葉の森の生徒には、小学校低学年から始めて高3まで続ける子がよくいます。
もちろん一本調子に続けられたわけではなく、そのときどきに小さなスランプがあったのだろうと思います。しかし、文章を書く生活が、習慣のようになり、書くことが苦にならないばかりか書くことが好きになって、大学生になり社会人になっていったのです。
その子たちが小学生のころ言葉の森の作文を始めたときは、大学入試のことなどは考えていなかったと思います。しかし、勉強をしているうちにいつの間にか中学生になり、高校生になり、大学入試でたまたたま小論文があったという人も多かったのです。
長く続ける生徒の中には、小学生から高校生までずっと同じひとりの先生に教わっていたという人もいます。毎週1回作文を書き、その作文をもとに先生と話をしていると、半ば家族のような感じで互いの考えていることがよくわかるようになってきます。
こういう人間どうしのつながりを更に進めるために、今、大学生や社会人になった言葉の森の生徒を対象に「学問コース」を始めようと思っています。
これは、大学生のころに読んでほしい本をもとに、ネット上で話し合いをするような形のコースです。
言葉の森を卒業した人に、そのうち連絡が行くと思いますから、楽しみに待っていてください。
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NHKで、かつての預金封鎖の時代背景を解説する番組が放映されました。
預金封鎖の本質とは、それまで確実な資産としてあると思っていたものが、ある日を境に資産でなくなるということです。
同じことが、これから社会の大きな変動として起こってくるように思います。現在は、ドッグイヤーと言われているように、社会の仕組みが大きく変わり、今日まで新しいと思っていたものが、もう明日には古くなるという時代です。
こういう時代に大事なことは、古くならないものを持っていることです。それが、かつては学問でした。今の時代は、学問プラス個性になるのだと思います。
別の言い方で言えば、「持っている」と思うから、失うことを恐れるのです。
持っているのではなく、自分が「それ」を生きているのであれば、世の中がどう変わろうと、そのままの自分で対処できます。
社会の中で、みんなの役に立っていて、「ぜひいてほしい」という人であれば、いつでも生きていけます。
だから、子供の教育も、社会に役立つ人間になることを第一にし、個性を伸ばすことを第二とし、その上で、どこの学校に行くとか、どこの会社に入るとか、どういう仕事をするかなどを決めていくという順序が大事なのです。
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ウェブ添削のページで画像が表示されていない件を調べてみたところ、画像のサイズが小さいもの(例えば横幅が800px以下のものなど)が表示されていないことがわかりました。申し訳ありませんでした。
現在は、画像のサイズが小さくても正しく表示されるようになっています。
しかし、送信されている画像を見て以下の点に気が付きました。
1、画像のサイズが小さいものは文字が小さくなるので、できるだけ横幅が900px以上あった方がよい。
2、デジカメなどで、コントラストの差があまりないものは読みにくいのでデジカメの設定を変えるか、画像ソフトでコントラスの差が出るようにするとよい。
「作文の丘」から手書きの作文の画像を送られる方はよろしくお願いします。
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2月22日以降、改良後の作文の丘から送られた手書き作文が正しく表示されていませんでした。
しかし、画像は送られていることは送られているので、こちらであとで表示できるようにしておきます。
誠に申し訳ありませんが、しばらくお待ち下さい。
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