昨日の保護者懇談会の席で,小学5年生の子のお母さんから次のような相談がありました。
それは、「4年生までのやさしい課題では上手に書いていたのに、5年生になると課題が難しくなってなかなか書けなくなった。特に感想のところが物足りないことしか書けない」という相談です。
これは、どの5年生の子にも当てはまる問題であって、特にその子だけ感想が物足りないのではありません。
言葉の森では、小学6年生で、「一般化の主題」という感想の書き方を練習します。
それは、テーマとなっている事柄を、「人間にとって」、又は「社会にとって」という抽象的な枠組みで捉えて書く感想の書き方です。
ところが、こういう考え方が自然にできる子は、小学6年生の約50パーセントだと言われています。
特に、男の子の大部分は、人間という枠組みで物事を捉えるような年齢にはなっていません。
書く力は、読む力よりも遅れて成長していきます。
ですから、そういう「人間」という枠組みで捉える書き方ができない子でも、「人間」という枠組みで書かれた文章を読んで理解することはできるのです。
理解はできるが、自分で考えて書くことができないというのが読む力と書く力の相違です。
しかし、そういう子供たちも、難しい文章を読むことに慣れてくると、だんだんと自分の力で抽象的な言葉を使った感想を書けるようになります。
それを助けるためにどうしたらよいかというと、第一は、課題の長文を繰り返し音読することです。
第二は、その音読に応じて、お母さんやお父さんが自分の体験談からできるだけ面白い似た話をしてあげて、その対話の中でお父さんお母さんだったら書くような少し抽象的な感想も盛り込むようにするのです。
するとそのうち、子供が作文を書くときに、どんな感想がふさわしいのか聞いてくることが出てきます。
そこで、お父さんやお母さんが、感想として考えられるようないくつかの案を教えてあげると、子供は理解する力はありますから、それを活かして自分で感想を書くようになります。
その感想が先生に褒められることによって、供はますます感想をよりよいものにしようという意識を持つようになります。
子供は成長の途上にありますが、作文として書かれたものはまるで完成した作品のような装いを持っています。
そのために、大人はついその作文の不十分な点を先に見てしまうのですが、大事なことは、成長する途上の子供が書いた成長する途上の作文だという見方で作文を見ることです。
そのために、自分の力だけで作文を書かせるのではなく、お父さんお母さんが手助けをして子供たちの語彙力を増やしていくといいのです。
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学年が上がり、課題が難しくなるたびに、子供たちは一時的に作文が下手になります。
その時期は、小3の感想文、小5の難しい感想文、中1の意見文、高1の抽象的なテーマの意見文です。
それまで上手に書いていた子が、前よりも下手な作文を書くようになるのです。
しかし、子供はうすうす自分がうまく書けなくなったということを気づいています。
だから、お父さんやお母さんは、「前の方が上手だったね」などとは言わずに(笑)、難しい課題に取り組んでいる自体を褒めて上げるといいのです。
子供たちが書いている普段の作文は、作品として見るよりも、作文の練習としてみることです。
だから、第一段落の要約と、第二段落の似た話がうまくつながらなくてもいいのです。
また、書き出しの工夫や、たとえの表現が、文章にうまくなじんでいなくてもいいのです。
ひとまとまりの作品として仕上げるのは清書などの作品を仕上げるときでいいからです。
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暗唱するときに、覚えるまで読むというやり方ではなく、決めた回数を繰り返すというやり方をすると、やさしい文章のときも難しい文章のときも同じように暗唱をすることができます。
回数を数える方法には、「正」の字を書くとか、数珠を使うとかいろいろなやり方があります。
しかし、もっと手軽にできる方法がないかと考えて、紙を折って数える紙折り暗唱の方法を考えました。
これは、片手で紙を折りながら30回まで数えられるので、慣れた人にはやりやすい方法です。
しかし、初めての人の場合は、紙の折り方が分からないので、かえって数えにくいということもありました。
そこで、最近見つけたのがデジタルカウンター(数取り器)です。
カウンターを使うと、自分が何回まで数えたかということがデジタルの数字でわかるので、目標がはっきりします。
このやり方をしていくと、誰でも決めた回数が暗唱できるようになります。
もちろん、紙折り暗唱に慣れた人は、紙を折る方がやりやすいと思いますが。
暗唱のコツは、句点や読点でなるべく区切らずに読むということです。
ただし、まったく区切らずに早口で読むのが難しい場合は、句点や読点のところで読み方を伸ばして次の言葉に移るというやり方をするといいのです
意味を理解しながら読むというよりも、言葉の音のひとつながりとして読むのです。
意味として理解したことは、覚えるのも早いのですが、忘れるのもまた早くなります。
忙しい現代社会では、ほとんどの人が意味を理解する方法に慣れているので、すぐに覚えてすぐに忘れるという勉強法を繰り返しています。
たくさんの知識を再現するためのテスト勉強ならそれでいいのですが、自分の中に確実に残った少数のものを生かすという勉強をするためには、時間をかけて身につける方法が必要です。
貝原益軒は、四書五経の百字分を百回空に読み空に書くという勉強法を勧めました。
この方法が、日本全国の寺子屋の学習の基本になっていったのだと思います。
暗唱の効果というものは、やってみないとわからないところがあります。
これから新たに暗唱に取り組む人は、このカウンターを使った暗唱をやってみてください。
【追伸】
その後、そうふく君のお母さんから、「キッチンタイマーを使っている」という方法を教えてもらいました。
タイマーの設定をするとき、30分の設定する場合は、1分を30回押すので、そのボタンを押すのを1回とするのだそうです。
どの家庭にもある身近なものなので、いい方法だと思いました。
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暗唱には、小さなコツがいろいろあります。
その一つは、動きながら暗唱することです。
もう一つは、句読点でなるべく区切らずに読むことです。
そして、第三に、暗唱は、覚えようとしたり、思い出そうとしたりしないことです。
思い出して暗唱すると、思い出すときの「えーと」という間がいつも暗唱の中に入ってくるようになります。
思い出すぐらいなら、元の文章を目で追いながら読んでいく方がいいのです。
湯川秀樹は、6歳のころに始めた暗唱を苦痛に感じていたようです。
秀樹の兄たちが使った四書五経のテキストには、兄たちの涙のあとらしいものがついていたそうです。
そういう苦痛な暗唱が、江戸時代には子供たちの普通の勉強法として普及していました。
それはなぜかというと、子供たちが大勢で一緒にやる暗唱は、遊びのような感覚があったからだと思います。
先生と一対一の勉強は、その勉強の苦しい面が出てきます。
みんなで一緒にやる勉強は、その勉強の楽しい面が出てきます。
だから、暗唱も楽しい雰囲気でやるようにすれば続けられるのです。
うちでは、次男が発見したのですが、キッチンタイマーを使っています。
大体のキッチンタイマー、例えば、30秒にセットするのであれば、30回、”秒”のボタンを押すと思うのです。
なので、1回暗唱読めば、”秒”を1回押す、、、とやっています。
先生もどこかで紹介していたら、すみませんが。
そうふく母さん、ありがとう。
なるほど、そういう方法があったんですね。既にあるものの活用というのがいちばんいいと思います。
本文に追加しておきますね。
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音読の役割は、言葉を、文章という文脈の中で読む読み方を身につけることです。
文章は、単語の組み合わせとして理解されるよりも、文脈として理解されて読むことによってより深く理解できるようになります。
黙読の場合は、文章の中で理解するというよりも、単語を組み合わせで理解する読み方になるので、難しい単語は理解を飛ばして読むようになります。
だから、黙読は、自分の理解できるものしか読んでいないことになりやすいのです。
音読の場合は、難しい単語も、地の文章の中の一連の流れとして読むので、その単語の大まかな輪郭を了解しながら読むようになります。
この、単語の組み合わせとして読む読み方ではなく、文脈の中で読む読み方のできるのが音読という方法です。
音読をすると、同じ文章を何度繰り返して読んでも斜め読みになることがありません。
黙読は、自分の理解しただけのものを読む読み方ですから、2度目3度目は斜め読みで全体が理解できるので、繰り返し読む必要がないと感じてしまいます。
しかし、それは知識を身につけ理解する読み方であって、文章を文脈の中で考えて読む読み方ではありません。
音読で、同じ文章を4回も5回も繰り返して読む練習をすると、言葉を自分の理解の中で読むのではなく、その言葉が書かれた文章の文脈の中で読むので、自分を超えた新しい考える力と表現する力が成長していきます。
ところが、音読をさせようとする人の多くは、音読のそのような意義を知りません。
また、たとえ知っていたとしても、自分が実際に子供時代に経験したことのないことは、子供にさせることが難しいので、音読は毎日の学習として定着させることが難しいものとなっているのです。
そこで、言葉の森では、音読の代わりにもなるものとして、暗唱の方法と暗唱検定という仕組みを作りました。
読解力、思考力、表現力の勉強として最もよいのは、課題フォルダの文章を毎日音読し、暗唱検定の文章を毎日暗唱し、作文の次の週の課題について親子と対話をし、毎日学年の10倍ページ以上の本を読み、そして週に1回作文を書くことです。
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文章を情報処理として読むためには黙読が最適です。
世の中のほとんどの文章は、そういう読み方をすればいいものです。
しかし、思考力や表現力をつけるために読む、教育として読む読み方は音読です。
だから、子供時代は、黙読と並行して音読をすることが必要になるのです。
黙読は、速読ができます。
それは、自分の理解できたものを読む読み方だからです。
音読は、自分の理解できないものも含めて読む読み方です。
だから、考える力が育つのです。
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子供に音読の練習をさせる際の学年は、ほとんどの家庭が小学1、2年生のころまでだと思います。
小学生4年生になっても音読を続けている子は少なく、5、66年生になると音読を続けられる子が滅多にいません。
しかし、音読は中学3年生まで続けていく価値があります。
中学3年生までは、新しい語彙が次々と出てくる時期ですから、それらの語彙を文脈の中で理解する練習をしていくために音読は必要な勉強なのです。
試しに、中学生の生徒に、課題フォルダの長文を音読させてみると、読み間違える字がかなりあるはずです。
高校生や大学生になると、必要な語彙力は大体備わってきているので、音読よりももっと別の勉強に切り替えていく必要があります。
それが難読です。
古今東西の古典と呼ばれるような評価の定まっている本、例えば学校の歴史の教科書や倫理社会の教科書に出てくるような人の本を読んでいくことによって、自分で物事を新しく考え出す考え方の流れがわかるようになってきます。
高校生、大学生の難読は、もっと勉強の中心に位置づけられるべきものですが、今の高校や大学ではそういう勉強がなされていません。
知識を分かりやすく整理した教科書を読むような勉強がほとんどなので、考える力が育たないのです。
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子供に音読を続けさせるためには、どうしたらいいでしょうか。
それは、読み方を決して注意せず、いつも読み終えたあとに、「難しいのを読んでいるね」とか、「読むのがだんだん上手になってきたね」とかいう褒め言葉だけをかけることです。
「間違いは直さなくていいのですか」とか、「ふざけて読んだり、早口で読んだり、小さい声で読んだりしているのですが、それでもいいのですか」という質問がよくありますが、それでいいのです。
ふざけて読んでいたら、「面白い読み方ができるんだね」と褒めていればいいのです(笑)。
音読をさせて、読み間違える字や、つっかえる字があった場合、それは黙読のときは飛ばして読んでいた字です。
黙読だと、知っている言葉だけを読んでいっても、本人にその自覚がありません。
だから、読む力が伸びないのです。
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