もうすぐ4月、新年度です。新しい月の始まりは、新しい勉強を始めるチャンスですが、特に4月は新しい学年になるということで、子供も前向きの気持ちになっています。
こういう機会を生かして、これまでの勉強を見直し、親子でじっくり新しい勉強の計画を立てていきましょう。
言葉の森の自習は、選択の幅がありますから、無理なく続けられる範囲を自分で決めていってください。大事なことは毎日続けることですから、原則として1日も休まないように続けていきましょう。
忙しい日が2、3日続いて自習のできない日があると、そのあと自習の継続ができなくなることがあります。そういうときは、必ずお母さんやお父さんが、「ちょっと休みが入ってしまったけど、また、明日からやろうね」と優しく軌道修正してあげてください。
自習の内容は、次のようになります。この中から、自分で続けられそうな範囲を決めていってください。
●1、読書
まず読書10ページ以上。これは、全学年共通です。しかし、受験の最中は読書の時間が取れないこともありますから、そういうときは問題集読書で文章を読む時間を確保していってください。
●2、音読
次に、長文の音読。小1と小2は、読解マラソン集の長文を毎日1題音読していきましょう。しかし、負担が大きい場合はやらなくてもかまいません。小3以上は、課題の長文を毎日1題音読していってください。長文は、何度も繰り返し音読する中で内容をより深く把握できるようになります。
●3、対話
そして、親子の対話。毎日の長文の音読をもとに、子供がお父さんやお母さんに長文の内容と次の週に書く作文の話題を説明するという日を1週間の間に1日設けてください。家族の団欒の時間として、土曜日の夕方は長文説明の日(対話の日)と決めておくとよいでしょう。
対話を面白くするコツは、子供の説明に合わせて、お父さんやお母さんが自分の体験を織り交ぜながら似た話をしてあげることです。そのための参考として、言葉の森のホームページの授業の掲示板やfacebookのグループなどを利用していくといいと思います。
●4、暗唱
更に、毎日の自習として、朝ご飯の前に暗唱の時間を設けてください。暗唱は、覚えることが目的ではなく、繰り返し音読することが目的です。繰り返し同じ文章を音読していると、理解力、思考力、表現力がついてきます。
暗唱は、小学校低学年のころがいちばん無理なくできます。それは、低学年のころほど素直に音読に徹底できるからです。学年が上がるにつれて、文章の内容を理解して覚えようという気持ちがわいてくるため、かえって暗唱がしにくくなります。
暗唱は大人になっても効果のある勉強法ですから、子供が暗唱を渋る場合は、親も一緒にほかの文章を暗唱するようにしてください。親子で毎日暗唱を続けていれば、子供の暗唱の習慣も定着します。
中学生や高校生で、今から改めて暗唱の自習を始めるのは難しいという場合は、1か月という期限を決めて毎日やっていってください。1か月で900字の文章を暗唱できるというコツがわかれば、将来必要性を感じたときにまた暗唱の勉強を始められると思います。
●5、問題集読書
小学校6年生以上は、国語の力をつけるために、問題集読書をしていきましょう。入試に出るような難しい文章を毎日読んでいく練習です。
1冊の問題集を何度も繰り返し読み、最終的に4回以上は読むようにしていきます。読みながら自分なりに面白いと思ったところに線を引いておきます。線はできるだけたくさん引くのがコツです。繰り返しの勉強は、音読や傍線のように手や口や耳を使ってやっていくと飽きずに続けられます。
国語力は、すべての学力の基礎です。そして、国語力は、国語の勉強よりも国語的な生活の中でより多く身につきます。週1回の勉強以外に、できる範囲で毎日の自習に取り組むようにしていってください。
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人間の足が地面でつながっているように、
人間の意識もどこかでつながっていて、
みんなのためにいいことをしようと思えば、
自然に応援が集まってくる。
かつては、他人を押しのける強い力を持った人間が競い合って社会を発展させているように見える時代もありました。
しかし、みんなの意識がつながりはじめ、他人も自分も同じだと思えるようになると、競い合うことではなく助け合うことが社会を発展させる道だということがわかってきました。
欧米の文化は、個人の利益を第一に考えることから出発したために、個人の利益を実現するために、世界には策略をもって臨むという論理を発展させました。
出発点がデカルトの「方法序説」だとすれば、その帰着点がドーキンスの「利己的な遺伝子」でした。
日本の文化は、自分も他人も同じだという考えから出発しているために、思いやりと正直が、世界に対する基本的な接し方でした。
日本には、デカルトもドーキンスもいませんでしたが、だれもが「笠地蔵」や「鶴の恩返し」の話を知っていました。
策略を原理とする民族と、正直を原理とする民族が出会ったのが20世紀の歴史でした。
そして、一時的に策略が勝ったように見えながら、今静かに正直の文化が復活しつつあるのが、今日の日本の姿です。
日本人が、個人個人では一見弱そうに見えるのに、集団になると強くなるというのは、日本の社会が正直と思いやりを原理としているからです。
ということで、今日のテーマは、正直。
1、正直についてひとこと、
又は、
2、「しょう、じ、き」で五七五、
又は、
3、何でも自由にどうぞ。
話は個人的なことになりますが、昨日は、ちょうど新学期の教材印刷の真っ最中でした。
この印刷は、3台の高速プリンタを真夜中に一晩中フル稼働させるという学期ごとの一大イベントです(笑)。
今回は、真夜中が間に合わずに、日中に印刷作業をしていましたが、突然プリンタが故障したり、インターネットのサーバーが停止したりというアクシデントがあり、気がついたら一日がたっていました。
しかし、無事に印刷は完了しつつあります。(今、最後の印刷が終わるところ)
今日、明日の日本列島は雨のようです。
先日、天気図を見ていて、ふと春雨前線が龍の姿のように見えました。
春の気候に浮かれて、龍が日本列島を訪問しに来ているのかもしれません。
それでは、今日もいい一日をお過ごしください。
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本日3月16日(金)18:30ごろから19:00ごろまで、mori7.netのウェブが見られない状態になっておりました。
そのため、作文の送信や、受講案内のお申込みができない状態になっておりました。
誠に申し訳ありませんでした。
現在、ウェブは見られるようになっています。
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現在、netのサーバーが停止しているため、表示できないページがあるようです。
しばらくお待ちください。
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国語の苦手な子は、
まず易しい読書から。
国語の得意な子は、
もっと難しい読書へ。
国語力は、あらゆる教科の基礎と言われています。
それは、人間が考えるということが言葉によるもので、母語である日本語の力が思考力となっているからです。
だから、国語の苦手な子が国語力をつけるには、その子が面白いと思える易しい本をまず読むことです。
読書には、人を引き付ける力があるので、最初は強制的に読むようにしていても、続ければ必ず読書が好きになってきます。
そのためには、読書は面白いことが第一ですから、易しい本をどんどん読んていくことです。(ただし、雑誌や漫画や図鑑などではなく、ひとまとまりの文章が書いてあるもの)
一方、国語が得意な子が国語力をもっと伸ばす方法も読書です。
この場合は、難しい読書で、その子の興味のある分野で、説明文や意見文の本を読んでいくのです。
そこで、今日のテーマは、易しい本、難しい本。
1、易しい本、難しい本についてひとこと、
又は、
2、「や、さ、し」又は「むず、か、し」で五七五、
又は、
3、何でも自由にどうぞ。
ところで、日本には、小学校高学年から中学生、高校生が読むのにふさわしい説明文のいい本がなかなかありません。
「ちくま少年図書館」の100冊のシリーズは、力作ぞろいでしたが、図書館を利用しないと読む機会がありません。
そこで、次善の策としてすすめるのが、入試問題集の問題文を読書がわりに読むことです。
国語力のある子は、こういうレベルの文章を楽しんで読みます。
大学生になったら、古典です。岩波文庫に載っているような本、つまり、教科書で名前だけは知っているという古今東西の名著を読んでいくことです。
国語力は、国語のドリルを解くようなやり方では身につきません。
国語の得意な子は、国語の勉強などはせずに、ただ難しい本を楽しく読んでいるだけなのです。
それでは、今日も楽しい読書をしながら、いい一日をお過ごしください。
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小学校高学年から、中高生向きのいい本が少ないとおっしゃるのには全く同感です。うちの子供も合う本が探せない時期があり、学校の図書担当の先生に相談したのですが、ルビつきの海外の小説を1冊紹介されただけで終わってしまいました。大人向きでも内容の健全なものは少しづつ読んできましたが、やはり親の好みに似てきてしまうのと、流行ものの誘惑があり、自分でいい物を探すのは大変そうです。
先日、目黒区八雲の図書館に行ったら割と広いYAコーナーがあり、子どもは目を輝かせていました。
ちゃくちゃくさん、コメントありがとうございます。
図書館の利用というのは大事ですよね。
特に、日本の家屋はスペースがないので、家のなかに本を置く場所がありません。しかし、大きな図書館は車でないと行けないところなどにあります。もっと小さな図書館を住民の手であちこちに作るといいのだと思います。
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これまでの記事では、作文の勉強における家庭での準備から、SNSを使った作文発表会の可能性までを説明してきました。
この話は、まだ続きがあります。
子供たちが、毎日の自習で暗唱したり音読したりする長文は、社会全体の共有財産となります。どんな文章を読んでもらいたいかを決めるのは、それぞれの親です。
人によっては、子供に読ませたい長文を自分で作るという人も出てくると思います。かつての赤い鳥運動では、子供たちにいい物語を読ませるために、芥川龍之介、新見南吉、小川未明などの優れた文学者が手弁当で参加しました。これが更に大きく広がるのが、インターネット時代の文学運動です。
言葉の森では、facebookのオープン長文グループや、言葉の森のホームページの中で、この運動を進めていきたいと思っています。言葉の森の教材として作られた暗唱長文や音読長文は既にありますが、このほかにオープン長文グループで掲載された文章の中から、それぞれの親子が自分の好きな長文を選べるようにしていきたいと思います。
実は、言葉の森の子供たちが読んでいる、小1から小3までの読解マラソン長文集は、言葉の森の講師が書いたものです。この長文を作成したときの基準は次のようなものでした。
1、物語的な文章は既に世の中にたくさんあるので、説明的な文章にする。しかし、単に事実や知識を並べるようなものではなく、原因や理由の関係のような構造的なことわかり、知の喜びを感じられるようなものにする。
2、子供向けに易しい言葉に直すのではなく、難しい言葉であっても必要なものはそのまま使う。
3、勇気、知性、愛の感じられる内容にする。
4、笑いのある文章にする。
5、そして、長期間の暗唱に堪えるような洗練された表現の文章にする。
この中で、いちばん難しいのは「笑いのある文章」でした。しかし、その笑いを工夫したダジャレなどの部分がやはり子供たちにいちばん受けたのです。
暗唱や音読というのは、単純な繰り返しです。その繰り返しの単調さに花を添えるのが笑いです。落語が何度聞いても面白いのは、そこに笑いがあるからです。もし、内容を伝えることが目的の話だったら、一度聞いた話を二度も三度も聞きたいと思う人はいないでしょう。
私は、こういう文章が、今後、文学のひとつのジャンルになると思っています。今は、だれもがブログなどで文章を書く時代ですから、文章を書くこで成り立つような面白い仕事はまずありません。しかし、ジャンルを特定すれば、文章を書くことは十分に個性的な仕事として成り立ちます。
それは、子供たちのために、勇気と知性と愛のある話題を、科学的な説明文の文章で、笑いを入れながら、美しい日本語で書くというジャンルです。
今、こういうジャンルは、文章としてではなく、主に学習漫画のようなものでカバーされています。しかし、学習漫画は、絵に頼って理解してしまうため、文章の部分が簡略化されがちで、思考力を鍛える点では物足りない面があります。また、学習漫画の多くは、因果関係の説明のような知の喜びを喚起する方向ではなく、単なる物知り的な知識を並べる方向になっているようです。
今後、子供たちのための音読長文用の文章を書くというジャンルが、文学を志す人の大きな目標になる時代が来ると思います。言葉の森のオープン長文を、そのきっかけにしていきたいと思っています。
(まだつづく)
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国語に自信のある子は、
解くときの気合いが違う。
国語の問題は浅く読めば×になり、
深く読めば○になるように作られている。
国語以外の他の教科の成績がいいのに、国語だけが振るわないという場合、その子は解き方のルールを知らないのです。
現在の国語の問題は、ひとつのゲームのようなルールの上に成り立っています。
つまり、答えは必ず文章中にある、正しいものを選ぶのではなく、間違っていないものを残す、採点しやすいように設問のキーワードに沿って書く、などです。
国語の問題は、点数に差をつけるために出されているので、浅く読めば×になり、深く読めば○になるようになっています。
こういう背景がわかっている子は、そのルールに合わせて深く読むから高得点が取れます。
それがわかっていない子は、勘とあてずっぽうで解くので、浅くしか読めず、結果として×になります。
そして、問題を作る人は、このルールを更に解きにくくするために、読みにくい問題文を選び、短時間で長い文章を読ませるようにします。(^^ゞ
本当は、こんなゲームのような国語問題でテストをせずに、作文と面接で国語の力を見ればいいのですが、そのやり方だと時間がかかって大変なので、やむをえず国語の問題を出しているのです。
だから、対策は簡単。
まず、国語の問題の解き方のルールを知ることです。
そして、そのあとは、本当の実力をつけるために、難しい文章をばりばりと読んでいけばいいのです。
ということで、今日のテーマは国語。(勉強の話になってしまいました。(^^ゞ)
1、国語についてひとこと、
又は、
2、「こ、く、ご」で五七五、
又は、
3、何でも自由にどうぞ。
国語の問題の解き方のルールを知るのは簡単です。
実際の模擬試験などの結果をもとに、お父さんやお母さんが、なぜその答えなのかということを子供に理詰めで説明してあげます。
お父さんやお母さんが理詰めで説明できない問題は、できなくてもいい問題です。(そういう問題もあります)
時間は長くても2、3時間。これだけで、次回から国語の成績が上がります。
しかし、その上がり方は、その子の読む力までですから、あとは気長に難しい文章を読む練習をしていくことです。
参考までに、「センター試験国語の解き方の例」
https://www.mori7.com/as/365.html
(赤字のところだけ読むだけで、解き方のコツがわかります)
今日は、3月の明るい空で気分もさわやか。
そろそろお花見の準備です(笑)。
それでは、今日もいい一日をお過ごしください。
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作文の勉強は、普通、作文を書き終えたあとの評価までで終了します。作文を書き終えたあと、その作文を発表する機会というものはこれまでもありましたが、それは双方向のコミュニケーションの乏しいもので、それほど子供たちの関心を引くものではありませんでした。
しかし、現代の情報ネットワーク環境を利用すれば、この発表とコミュニケーションを結びつけていくことができます。そのやり方は、次のようなものです。
まず、子供が書いた作文の中を月に1回清書させます。その清書には、できればその子のかいた絵も入れておきます。また絵と文章以外に、その作文の内容を典型的に表している部分を大きく四行詩のような形で書き出させておきます。
なぜ絵や四行詩を作文に付け加えるかというと、一目でその作文の印象を見ることができるからです。発表会で、文字だけの作文がずらっと並んでいても、なかなか読む気はおきませんが、絵や四行詩が書いてあると、その印象で中身の作文も読みたくなることが多いからです。
そのように仕上げた清書を、インターネットを利用して、発表会用の掲示板などにアップロードします。今は、画像以外に、動画なども手軽にアップロードできるようになりました。だから、子供が自分の作文を暗唱して、原稿を見ずにスピーチするような発表の仕方もできます。
発表会の掲示板などにアップロードされたA君の作文を見て、Bさんの親子がコメントを書きます。すると、A君の親子もそれを見て、今度はBさんの作文にコメントを書きます。このように、発表とコミュニケーションを両立させていけるのが、SNS時代の作文発表会です。
従来の作文発表会では、全員の作品を並べるだけでしたから、発表会らしいまとまりをつけるために、コンクールやコンテストで優秀作品を選ぶという形になりがちでした。しかし、この優秀作品を選ぶという方法は、大多数の子供にとって何の意味もありません。そして、書くこと自体が好きで書いている子供たちにとっては、かえってマイナスの面も大きかったのです。
コンクールより、もっと手をかける方法としては、先生が一人一人の作文にコメントを書くということも考えられますが、そういう無理なやり方は長続きしません。SNS型の双方向の発表会であれば、どの子も同じように主人公として参加できます。
そして、この動きがもっと広がれば、その子の書いた作文を、家族や友達が見るだけでなく、田舎のおじいちゃんやおばあちゃんが見てコメントを書くこともできるようになります。近所のおじさんやおばさんがコメントを書くというケースも出てくるでしょう。
これが、子供の成長を中心にした社会作りにつながっていきます(「大人の仕事を中心にした社会」から「子供の成長を中心にした社会」へ)。そして、この場合、子供の成長とは単なるペーパーテストの成績のことではありません。子供たちにとって最も大切な、日本語で読み書き考える力と、創造性の精神と、他人に共感する力を育てていくことになります。
こうして、日本の社会のすみずみまで作文文化が広まったとき、日本は、世界中の人々の理想となる、新しい知性と愛と創造の国になっているのだと思います。
(写真は「SOZAIjiten」より)
お皿にのせるときは、並べ方の工夫も大事。
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