https://youtu.be/5Bx_jlQTpHE
●新しい確認テストで先取り学習を支える
これまで確認テストは、その月のものしかできないようになっていました。
しかし、勉強をするうえで大事な方法は、自分のできる範囲で学校や塾よりも勉強を先取りしていくことです。
なぜ先取りするかというと、受験勉強の最後の1年間は誰でも猛烈に集中して勉強できるので、その時期までに学年の勉強を早めに終わらせておくといいからです。
そうすれば、志望校の過去問に合わせた受験に特化した勉強に取り組むことができます。
現在、私立の中高一貫校の進学実績が高いのは、そのように勉強の先取りを行っているからです。
これまで、勉強は先生に教わらないとできないと思われていました。
しかし、今はそうではありません。
学校の教科書は、先生が教えることを前提に作られているので、独学には向いていません。
しかし、市販の参考書や問題集は、教える人がいなくても分かるように詳しく書かれています。
そして、もし分かりにくいところがあれば、今はAIに聞くことができます。
AIへの聞き方は次のようにします。
自分が分からなかった問題と、その問題の答えの両方を画像としてアップロードし、それをAIに説明してくれるように頼むのです。
●全科学力クラスの勉強法
現在、全学力クラスは、国語、数学、英語、暗唱、創造発表の学習にすべて取り組むようにしています。
先生が教える勉強という面よりも、生徒の家庭での自主学習をチェックし、他の生徒との読書紹介や暗唱発表や創造発表の交流の中で学習意欲を高めることを目的としたクラスです。
これまでは、確認テストはその月までしかできないという限界がありました。
そのため、先取りの学習がなかなかできませんでした。
しかし、これからは、自分が終えた問題から先は、いつでもできるようになります。
確認テストは、言葉の森の生徒であれば、作文クラスの生徒も他のクラスの生徒も誰でもできます。
勉強のデータで大事なのは、国数英の3教科で、自分がどこが進んでいてどこが遅れているのかを知ることです。
全学力クラスの学年テストの勉強をするためには、問題集があった方がいいのですが、問題集は何種類もあると、かえって繰り返しの学習がしにくくなります。
今使っている問題集の単元のところをしっかり勉強して、確認テストに次々に取り組むようにしてください。
●全科学力クラスのお問い合わせ受け付け中
現在、全学力クラスの体験学習を受け付けています。
全学力クラスとは言っても、自分で勉強することが中心ですから、国語が苦手な人は国語だけ、数学に力を入れたい人は数学だけという勉強の仕方ができます。
ただし、4週目の創造発表は、これから必要になる学習なので、全員共通の課題となります。
対象は小学1年生から中学3年生まで、国語読解に関しては高校生まで参加できます。
体験学習を希望される方は、お電話でお問い合わせください。
▽新確認テスト
https://www.mori7.com/kt/
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https://youtu.be/MBEJHhY6smE
森リンは、作文の自動採点ソフトです。
それを開発した当初の話です。
●作文には客観的な評価がなかった
私が子供たちに作文を教えるようになって、最初に感じたことは、子供が納得できるような客観的評価がないということでした。
数学や英語や漢字の書き取りであれば正解があります。
そういう答えのある勉強は教えてもらわなくても独学でできます。
しかし、作文には答えがありません。
それにもかかわらず、作文は評価されます。
先生によって評価されるだけでなく、コンクールによって評価されることもあります。
しかし、コンクールで評価された子はその評価が嬉しいとしても、なぜ自分がそういう評価を受けたのかがわかりません。
まして、評価されない子は、どうしたら評価されるようになるのか、皆目見当がつきません。
そのため、作文指導に熱心な先生のもとで、そのクラスだけ作文嫌いの子が増えるということが起きてくるのです。
●黒船「e-rater」への危機感
私は、誰でも納得できる客観的な評価を目指しました。
ちょうどその時、アメリカで「e-rater」という文章評価の試みが行われていることを知りました。
そのときに私が感じたのは、アメリカの文章評価のシステムが日本に入ってくる可能性があるのではないかということでした。
かつて日本のワープロソフトには「一太郎」という優れたものがありましたが、アメリカの「Word」が日本のワープロソフトに進出することによって、結局、「一太郎」よりもアメリカ製の「Word」の方が日本のワープロソフトの主流になってしまったのです。
ワープロソフトであればまだやむを得ないかもしれませんが、日本の作文教育において、アメリカの文章評価システムが入ってくることは阻止しなければなりません。
そのために、日本で先に文章評価システムを作っておく必要があると思いました。
●語彙の多様性と数値化の発見
そして私は急遽、子供たちの書いた作文を並べて、デジタル的な評価をすることを考えたのです。
何日も机の上にいろいろな子供の作文を並べて見比べていると、人間の感覚として上手な作文とあまり上手でない作文とがあることがわかります。
上手さの基準は、文章の密度の濃さのようなものです。
それがどのような形で出ているのかを眺めていてわかったのは、語彙の多様性があるということでした。
しかし、その多様性の差はわずかですから、人間がいくら詳しく見ても、どこの語彙が多様なのかということを言うことはできません。
それが、数値で集計すると、その差がわずかであってもはっきりと違いが出てきたのです。
●わずか数週間・数百円で誕生した森リン
ちょうどそのころ、日本の奈良先端科学技術大学院大学で、「ChaSen(茶筌)」という日本語形態素解析ツールが開発され、無償で提供されていました。
その茶筅を利用して、作文の形態素解析を行うことにしたのです。
その時までに自分は独学でPHPとMySQLの操作を学習していたので、語彙の多様性や語彙の思考性や語彙の知識性を評価する仕組みを作り始めました。
基本ができたのはわずか数週間で、かかった費用は自分が書いたプログラムをプリントして見直すための印刷代数百円か数千円だけでした(笑)。
●検証と特許出願
言語というものは日本語でも英語でも共通のところがあるので、このソフトを英語モードに切り替えて、英語の文章を評価してみると、「e-rater」の行っていた評価とほとんど同じ評価のグラフが出ました。
それで、このソフトを日本語の文章評価ソフトとして特許を出願したのです。
これが言葉の森の作った自動採点ソフト森リンの出発点です。
●作文検定の真の目的
だから、作文検定は、作文の評価だけを目的にしているのではありません。
その評価によって、子供たちが作文を書く目標を知り、作文を書く勉強を続けやすくなるようにするためのものなのです。
現在、森リンはすでに103,000件以上の子供たちの作文を評価しています。
▽毎月の森リン大賞
https://www.mori7.com/oka/moririn_seisyo.php
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https://youtu.be/PpbOa5IMaNQ
●デジタルとアナログの融合
なぜ作文というアナログなものが、語彙力評価というデジタルな方法によって測定できるのか疑問に思う人も多いはずです。
人間の感覚はアナログです。
それがどうしてデジタルによる評価と相関が高くなるのでしょうか。
話は少し変わりますが、昔のコンピューターの文字は線ではなく、ドットの集まりとして描かれていたので、いかにもデジタル的な印象がありました。
現在のテキスト文字は滑らかで活字で印刷したものとほぼ変わりません。
しかし、本質はドットの集まりです。
音楽もアナログ的な音の波ですが、それをデジタル的な数値に還元したものが、人間の感覚としてはアナログの音とほぼ同じように聞こえます。
絵画や写真や動画についても同様です。
●細分化が埋める感覚の差
厳密に言えば、アナログとデジタルには差がありますが、デジタル的な処理が際限なく細分化されると、人間の感覚としてはほとんど同じになるのです。
さらに考えを飛躍させれば、物質の最小の単位は無限に近いほど小さな量子の集まりです。
このように考えるならば、作文に書かれた文章の質をデジタル的に解析すると、それは限りなく人間の感覚的な評価に近づく可能性があるのです。
だから問題はデジタル的な解析方法の精度であって、デジタルそのものの問題ではありません。
●客観性がもたらす教育的効果
言葉の森は、長年の実践的な研究によって、作文の語彙の分布と密度が、人間による評価と極めて相関が高いことを発見してきました。
さらに言えば、人間の評価には細かで曖昧なところがありますが、デジタルの評価には曖昧さはありません。
人間の評価は、気分によって左右されることがあるかもしれませんが、デジタルの評価は気分には左右されません。
作文検定のデジタル評価は、まだ完全ではありません。
人間の評価と相関が高いと言っても、すべて一致するわけではありません。
しかし、それは、評価の方法によっていくらでも近づけることができます。
だから、人間の評価の感覚性のメリットと、デジタルの評価の客観性のメリットの比較になるのです。
そして、私は、子供たちの作文教育に関しては、デジタルの評価の客観性の効果がずっと大きいと思っているのです。
【参考としてAIの科学的補足】
「物質の最小の形態は量子」という部分は、量子力学の観点からは非常に鋭い視点ですが、厳密には「デジタル=離散的(不連続)」、「アナログ=連続的」という定義に基づくと、量子(エネルギーの最小単位)の存在そのものが、この世界が「デジタル的な性質」を持っていることを示唆しています。そのため、「デジタル評価がアナログな感覚に近づく」というよりは、「この世界そのものが究極的にはデジタル的な構成要素(量子)でできている」という論理展開にすると、より強固なメタファーになります。
【中根の感想】
わかったような、わからないような……(笑)。
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これまでは送信先の先生コードを入れなくても送信できるようになっていましたが、これからは送信先の先生のコードを入れないと送信できなくなります。
また送信元である自分のコードとパスワードがわからない場合も「承認待ち」ということで仮の送信ができていました。
しかし、これからは自分のコートとパスワードを入れないと送信できなくなります。
分かりにくい場合は、事務局にお電話でお問い合わせください。
電話:045-353-9061(8:00~17:00)
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●作文力が伸びる時期と学習の目的
作文の勉強が本当に価値あるものになるのは、小学五年生からです。
価値ある作文とは、自分の体験などを基にしながらも、より広い視野での実例を組み合わせ、より深い感想や意見を書けるような作文ということです。
このような広い視野と深い意見を持った作文は、その年齢にならなければ書くことができません。
だから、作文学習で大事なことは、まず子供が小学校五年生になるまでは、楽しく作文を続けられることと、できれば中学生、高校生になっても作文を書く勉強を続けていけることなのです。
●楽しく続けることが最優先の指導
そのための最も大事な方法は、上手な作文を書かせることではなく、楽しく作文を書かせることです。
子供はお母さんやお父さんに認めてもらうことが嬉しいので、作文を書いています。
競争に勝ったり、賞をもらったり、褒美をもらったりすることが嬉しいのではありません。
逆に競争や賞を目指すと、作文を書くことに息切れするようになります。
子供の作文は、それがどのようなものであれ、子供の成長の記録になります。
上手な作文を書くことよりも、自分らしい作文を書くことを認めてあげることが大事です。
●保護者が行うべき三つの支援
そのために、保護者のすることは次の三つです。
第一は、読書に力を入れることで、これには読み聞かせも含みます。
第二は、小学1・2年生の間は、作文に書きたくなるような題材を企画してあげることです。
小学校3年生以上の題名課題、感想文課題の作文については、お母さんやお父さんが自分の体験を基にした似た話をしてあげることです。
第三は、子供が書いた作文をいつも無条件に褒めることです。
●避けるべき指導と作文力の本質
これらと反対に、良くないやり方は、子供が書いた作文を手直しすることです。
手直しをして作文が上手になったとしても、それは子供の実力にはなりません。
作文の実力は、読むことや、話を聞くことや、自分の経験したことから少しずつにじみ出てくるものです。
●発達段階に応じた関わり方
小学1・2年生の間は、どの子もほぼ無条件に親や先生の言うことに従います。
この時期は従うことが楽しいからです。
だから、小学一年生は模倣の時期と言われるのです。
子供が小学3年生になると、次第に自立心が出てきます。
この時期に、小学1・2年生のときに親が関わっていたと同じようなやり方で接すると、子供は作文を書くことを負担に感じるようになるのです。
●長期的な成果と継続の重要性
現在、中学生や高校生になって立派な作文・小論文を書いている子は、ほとんどすべて小学生のころからのびのびと褒められながら作文を書いていた子です。
決して上手に書くために、書いたあとにアドバイスをされてきた子ではありません。
作文の勉強の最も重要な目標は、継続することです。
その長続きのポイントは、小学校低中学年の時期の親の接し方にあるのです。
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●知識中心教育と一夜漬けの問題
現在の子供たちの教育は知識中心の教育です。
だから、勉強の方法として一夜漬けが使われています。
本来は、一夜漬けなどは必要なく、普段の実力を発揮すればいいだけです。
試験制度が一夜漬けを必要としているのは、普段の実力を測る方法がないからです。
●文章による思考力の可視化
普段の実力は、その子と話してみれば大体のことがわかります。
その話してみることの代わりになるのが、文章を書いてもらうことです。
様々なテーマで文章を書いてもらえば、その人の考える力はわかります。
だから、知識の詰め込み教育から思考力重視の教育に切り替えるには、書くことを評価の中心にすることが必要なのです。
ところが、文章を評価する方法は十分に確立されていません。
●現行の作文評価と採点負担の限界
公立中高一貫校の入試や大学入試の小論文試験なども、適正に評価されているとは言えません。
多くは、指定の字数が埋められているかどうか、誤字がないか、誤表記がないかといった点を基準に評価されています。
さらに問題なのは、その評価を採点者が一つずつ読んで行う点にあります。
1200字の作文を読むのに3分かかるとすれば、30人分で1時間半かかります。
しかも、短い文章を何編も読むことは非常に負担が大きいのです。
これが、作文指導が必要とされながらも公教育で広がりにくい一因です。
●客観評価としての作文検定の意義
この問題を打開するには、客観的な基準で文章を評価し、生徒本人にも納得できるオープンな仕組みが必要です。
それが作文検定です。
作文検定が学校教育の中で広がれば、子供たちが文章を書く時間は大幅に増えます。
良い文章を書くためには、多くの本を読む必要も生まれます。
●作文検定の評価の仕組み
作文検定が作文を評価する仕組みは、大きく分けて三つあります。
第一は、作文の内容に個性、挑戦、感動、共感などがあるかどうかを、AIによって評価することです。
ただし、この評価には点数はつけず、その作文に対するAIの感想として表示します。
第二は、作文の構成、題材、表現、主題について、生徒向けにあらかじめ指導を行った上で、その指示に沿って作文が書かれているかどうかをAIが評価する方法です。
しかし、AIの評価には揺れがあるため、この評価にも点数はつけず、作文を書いた生徒へのAIの感想として表示します。
第三は、作文の中に盛り込まれている語彙を、思考を表す語彙、知識を表す語彙、多様な表現を表す語彙、自分自身の経験をもとにした語彙の四類型に分け、それぞれの語彙の種類とバランスを評価する方法です。
●語彙の種類の具体例とオープンな評価法
例えば、思考語彙は「なぜなら」「つまり」「したがって」などの論理的な思考を表す語彙、知識語彙は「人間性」「認識」「把握」などの抽象的な語彙、表現語彙は「使われている語彙全体の多様性」、経験語彙は「歩いた」「進んだ」「振り返った」などの自分の経験を表す語彙です。
この語彙力による評価は、人間が作文に対して感じる評価と相関が高いため、これを採点の基準とします。
以上の三つの分野で作文を総合的に評価します。
しかも、その評価の背景はブラックボックスではなく、すべてオープンに公開されています。
そのため、作文を書いた生徒も納得して評価を受け入れ、次回の作文の学習に生かすことができるようになります。
●読書・思考・表現が教育を変える
作文力は一夜漬けでは身につきません。
本を読み、考え、自分の考えを書いていくという三つの要素が教育を変えます。
学校のテストのために覚えた知識は、社会に出てから使われることは多くありません。
必要な知識は、AIなどを使えばすぐに調べられるからです。
しかし、多くの読書と熟考、そして文章を書く経験は、確かな力として蓄積されます。
●作文検定と図書検定の今後の展望
子供たちの教育が本人の成長につながり、社会をより良くするためには、読書教育と作文教育を中心に据える必要があります。
その有効な手段が、言葉の森が実施している作文検定であり、さらに現在開発中で特許出願も行っている図書検定なのです。
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●教育の多様な課題と解決策の不在
日本の教育の問題は、多方面にわたっています。
例えば、増加する不登校生徒、
知識の詰め込み教育、
受験に翻弄される小学生の子供たち。
しかし、高度な受験勉強にもかかわらず、考える力が育っていない現状、
低下する中学生・高校生の読書量、
多忙でゆとりのない教師の仕事、
多様な生徒がいる中で成立させることの難しい集団一斉授業。
これらのさまざまな問題を解決する方法は見当たりません。
教育を論ずる識者たちは、読書教育、道徳教育や自由な教育など、さまざまに提案しています。
しかし、多くは観念的な提案の域を出ておらず、現場に定着する仕組みになっていません。
●制度改革の限界と形骸化する学び
大学の側は、学生を受け入れる必要性から、総合型選抜、推薦入試、特色入試などを拡大していますが、それが中学・高校までの教育に大きく影響するところまでは至っていません。
高校で導入された探究学習も、多くは調べたことをまとめるだけの発表学習になっています。
では、この教育の現状を変える方法はあるのでしょうか。
それはあります。
●評価中心の教育構造とその問題点
現在の学校教育は、先生が評価しやすいことを基準に行われているので、答えのある知識の記憶力を試すようなやり方が中心です。
考える勉強と思われている算数・数学に関しても、解法を理解するための記憶力の試験となっています。
このような現在の教育の問題を解決する方法は、読書、作文という答えがない考える勉強を教育の中心に位置づけることです。
●読書と作文を軸とした教育改革の提案
そのためには、読書力や作文力を客観的に評価できる仕組みが必要です。
それを提供できるのが、言葉の森の図書検定および作文検定です。
図書検定は、指定図書のリストをもとに、選択試験や記述試験で指定した図書の読み取りを評価する仕組みです。
指定図書のリストは、オープンに論議するかたちで決めていきます。
作文検定は、作文の語彙力をもとに作文力を評価するとともに、AIによる講評を組み合わせた評価の仕組みです。
いずれも、客観的な基準で評価することを基本としています。
ただし、これらの図書や作文の教育が教師の負担を増やすようでは、教育現場に定着させることはできません。
図書検定も作文検定も、客観的な評価を伴いながら、教える教師の新たな負担は何もないようにしています。
●教育の根本的転換と将来への展望
これからの教育改革の基本は、図書検定と作文検定を学校教育の中に位置づけ、子供たちが毎日本を読み、毎日文章を書く教育を作ることです。
日本を発展させるための根本は、まず日本の教育から立て直すことです。
そのためには、小学生から中学生までの義務教育を、読む教育、書く教育、考える教育中心に切り替えることです。
言葉の森の作文検定と図書検定は、日本の教育を立て直すことを目指しているのです。
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