◆自習をしたとうそをつく子
小3の生徒の保護者から相談がありました。親が、「自習をした?」と聞くと、子供は、「うん」と言います。しかし、実際にはしていなかったというのです。
これは、「自習をした?」と聞いていること自体に問題があります。そう聞かれれば、やっていない子も、「うん」と言わざるをえません。つまり、子供がうそをついたことが問題なのではなく、親がうそをつかせていることが問題なのです。
うそをつかざるを得ない状況を作っているのに、うそをつくなと言っても効果はありません。うそをつかなくても済むような状態を実際に作っていくことが大事です。
親の役割は、事後的に勉強をチェックするだけでなく、一緒について勉強をやらせることです。そういうことができるのは、大体小学4年生ぐらいまでなので、年数で言えばわずかの間です。
一緒にやらせるということは、暗唱の自習も読書についても同様です。親が見ている前で、やらせて、そして褒めるという形が勉強の基本です。もちろん、親は近くにいるだけで、ほかのことをしていればいいのです。
子供部屋で勉強をさせると、こういう形の勉強はできません。食卓や居間で勉強をさせて、親が近くでほかのことをしているという状態がいちばんいい勉強のスタイルだと思います。
うそをついたかどうかと問う前に(それは、また別の問題になりますが)、うそをつく必要のない状態を作っておくのが親や先生の役割です。
◆宿題の答えを丸写しする子
もう一つは、ほかのサイトで話題になっていた問題で、中学1年生の子供が塾の宿題を丸写ししていたという相談です。
この相談に回答を書いた人の中には、答えを隠しておいたらいいとアドバイスした人もいましたが、それでは動物の調教とあまり変わりません。^^; 動物でも犬のように知恵のある動物は、自覚によって行動を改善します。強制は必ずしも必要ないのです。
中学生のうそは、二つの方向で考える必要があります。
ひとつは、小6から中1にかけては、物事をごまかしてうまくやれる自分を発見する時期なので、その発見を試してみたくなる時期だということです。ですから、ここでは、うそをつくことよりも正直であることの方が尊いということを、ふだんの生活の中で話しておくことが必要です。
もう一つは、宿題の量が多すぎるという問題です。中学1、2年生のころは、先生や親に言うことに対して素直ではないが、かといって自分で行動をコントロールするほど自覚もできていない時期です。そのため、学校でも、塾でも、何しろ量の多い宿題を出すという傾向があるのです。そういうときの宿題は、無駄に多いという面があります。わかっている問題も、わからない問題も、一律に大量に解かせるような問題が多いのです。
ですから、この場合は、確実にできる範囲に分量を絞り、自分がやってみてよくできなかった問題だけを繰り返して解くという勉強の仕方に切り替える必要があります。
意味のない問題が大量に出ている宿題であれば、親の公認のもとに、答えを丸写しするという勉強をしてもいいのではないかと私は思います。そして、その分、意味のある勉強をじっくりしていけばいいのです。
読点の打ち方は、規則として確立しているわけではありませんが、大体次のように考えておきます。
1、はのあと:「は」(主語)のあとに打つ(「は」や「も」のあとです。ただし、「が」のあとには打たないほうが自然です)
2、そしてのあと:「そして」(接続語)のあとに打つ(「そして」「しかし」「だが」などのあとです)
3、かいわのまえ:会話の前に打つ(新聞など、字数を節約する必要のある文章では打たないこともあります)
4、ときのあと:時を表す言葉のあとに打つ(「○○したとき」や「日曜日に」などのあとです)
5、とといったの間:「と、○○が言った」のように、「と」と「言った」の間に言葉が入るときに打つ(「と言った」とつながっているときには打ちません)
6、のでのあと:「のでたらからると」(条件を表す語句)のあとに打つ(「○○したので」「○○したら」「○○したから」「○○すると」などのあとです)
「はそかととの」と覚えます。
小学校低学年のころは、全部を説明すると難しくなるので、「『は』のあとには打つ、『が』『の』『を』のあとには打たない」ということだけを説明します。子供の理解に応じて、少しずつ説明を追加していきます。
「はそかととの」ルールのとおりに全部打つと、読点が多すぎて読みにくくなることもあります。そのときは、「句点『。』1つに、読点『、』は1つか2つ」ということを目安にしていきます。
声を出して読んでみて、自然に区切るところが読点です。