小3の子の母親からの質問とその答えというのが、あるサイトにありました。
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【質問】
作文が苦手です。話す時はいろいろな表現で上手に話しますが、そのことを文字にするとうまく表現できません。読書は大好きで、物語をよく読みます。(小3男子の母親)
【○○氏からのアドバイス】
「話せる」が「書けない」子どもには、共通する文章の特徴があります。
●語彙不足
……(略)……。
●文頭から文末の流れがおかしい
……(略)……。
●文と文の関係があいまい
……(略)……。
●文章の構成が苦手
……(略)……。
一足飛びに上手な文章を書けるようにはなりません。「一文の流れ」はよいか、「文と文の関係」はしっかりしているかなど、段階的に学んでいきましょう。練習をくり返すと、意外に短い期間で、書き方が上手になっていきます。
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うーん、こういうアドバイスだったら、誰でも考えつきそう。
それで、このアドバイスを見て、お母さんは納得するでしょうか。
実は、本当は、こういうことなのです。
話すことが上手で読書が好きだが、作文が苦手というのは、書いた作文をいつも注意されていたからです。
読書が好きな子なら、例外なく、作文も好きになります。
そして、もちろん上手になります。
しかし、このアドバイスのとおりに、いろいろおかしいところをチェックしていけば、作文は更に苦手になっていくだけです。
この違いはどこから来ているかというと、作文の教え方なのです。
世間の多くの作文指導は、事前に何も教えずにただ書かせて、そのあとじっくり添削するタイプの教え方をしています。
指導がないのに評価だけに力を入れているのです。
また、指導があるとしても、「あれをしちゃいけない」「これをしちゃいけない」という後ろ向きの指導ばかりです。
禁止事項だけの指導で、そのとおり書けたとしても面白くも何ともありません。
作文指導に熱心な先生にあたるほど作文が嫌いになる子が多いというのは、こういう事情があるからなのです。
小3から小4にかけてというのは、本当は書くことが好きで楽しくなる時期です。
その時期に作文が苦手になるとしたら、それは周囲の大人の問題なのです。
昨日は、降りすぎというほどの雪の降り方でした。
成人式のみなさんは、大変だったと思います。
しかし、今日はもう快晴です。
これから成人になる人も、そして日本も、自立する前には雪や雨や風や嵐があるということでしょう。
しかし、それもすぐに過ぎ去り、明るい太陽が昇ってくるのです。
大雪と思えば大雪ですが、この程度と思えばこの程度です。
大難が小難に変わったと思えば、かえってよかったということでしょう。
今日はまだ道路に雪が凍っています。
一歩一歩踏みしめて、今日もいい一日を迎えてください。
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グーグルのチャートツールで、教室の生徒数の国別グラフを作ってみました。
https://www.mori7.net/graph/geo.php
リアルタイムで表示されるところが面白い。
これを見ると、やはり日本がいちばん多い。(あたりまえか。)
これまで、グラフを描くとすれば、フラッシュを使うとか、javascriptを使うとか、今度のHTML5を待つとかいうようなことばかりでしたが、APIを利用するという方法があったということです。
これが、クラウド化のひとつの姿でしょう。
自分のところにあるよいものは、ほかの人にも自由に利用してもらう、そういう考えが情報文化の中に生まれているのです。
それは、かつてオープンソース運動と言われてきたものが、社会の中に静かに定着してきているということです。
奪い合う社会から、与え合う社会へという大きな流れが、今は時々世の中に現れてくるようになったのです。
楽観的すぎるという人もいるかもしれませんが、人類の歴史は700万年、地球の歴史は46億年と続いてきたのですから、楽観論が大勢です。
ところで、今日はせっかくの成人式なのに雨……。
でも、雨のあとには必ず晴れが来ます。
晴れが大勢だと思って、元気に冷たい雨を乗り切ってください。
それでは、今日もいい一日を。
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勉強の世界では、「『わかる』から『できる』へ」ということがよく言われます。
教えてもらい、わかっただけでは不十分で、自分でできるようにならなければ、本当にできたとは言えません。
同じことが国語の勉強にもあてはまります。それは、「『読める』から『言える』へ」です。
難しい文章を読んで書いてあることが理解できたとしても、その文章の内容を人にも言えるようにならなければ本当に読めたとは言えません。
読めれば言えるはずとは思っていても、読んだ理解の度合いに応じてしか言えないものなのです。
「読める」から「言える」に関して大事なことは、それを聞く人が気長に励ましてあげることです。
算数・数学の勉強では、「昨日、教えてわかったのだから、今日はできるはず」ということはありません。
同じことを何度も同じように教えてあげる必要があります。
国語の勉強でも、「長文を読んで理解できたのだから、もうちゃんと人にわかるように説明できるはず」ということはありません。
下手な説明を気長に聞いてあげることが必要です。
川の流れのように、気長に同じことを繰り返していきましょう。
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解く勉強から読む勉強へというのは、国語についての話だけではなく、算数・数学についても同様です。
問題を見て解くよりも、問題を見て解き方を読んでなるほどと理解する方が、ずっと密度の濃い勉強ができます。
そういう勉強の仕方なら、解き方がわかっているものはもうする必要がありません。(計算の練習というのはまた別でしょうが。)
初めて接する難問も、かえって楽しいものになります。
これまでの勉強は、答えのある問題をいかに速く正確に解くかという勉強でした。
これからの社会に必要なのは、答えのない問題をいかに創造するかということです。
答えがあるのなら、それを見て理解できればそれでいいのです。
そして自由な時間は、もっと創造的なことに向けていくべきなのです。
たぶん、将来、勉強というのはそういうものになっていくと思います。
さっき、表に出て空を見たら、雲一つない青空に太陽がまぶしく浮かんでいました。
風は冷たくても、もう、気分は春ですね。
それでは、いい連休をお過ごしください。
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運動の場合は、本番に入る前に、体を温めて、柔らかくして、軽く動かすということをしますが、勉強の場合は、あまりそういうことをしません。
勉強がイスに座ってやる静かなことなので、ウォーミングアップなど必要ないと思われているのですが、本当は頭のウォーミングアップが必要なのです。
子供たちを見ていると、みんな、勉強の最後の方は集中力を発揮します。
しかし、そうなるまでに時間のかかる子がかなりいます。
特に、作文の勉強というのは、1200字の文章を書くとすれば、どの子も大体1時間半ぐらいかかります。
その1時間半という巨大な相手に取り組む前に、軽いウォーミングアップが必要なのです。
勉強を教えるのは誰でもできますが、難しいのは勉強の仕方を教えることです。
家庭でも、学校でも、そういう工夫が必要なのだと思います。
生徒「先生、急に勉強したら、脳みそがつっちゃいました」
先生「そんなこと、あるわけないだろ」
今日は、いい天気で、気温も昨日より暖かいようです。
それでは、軽くウォーミングアップをして、今日もいい一日をお過ごしください。
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