●動画:
https://youtu.be/gl5alDckQgA
世の中で活躍した人の話を聞くと、母親が優しかったということが多い気がします。
父親は、いい場合も悪い場合もありますが、総じてあまり関係ないようです。
子供にとって、小さいころ、母親は世界のすべてです。
小学生になっても、母親は世界のかなりの部分を占めています。
その母親が優しい母親だったら、子供は世界に対して自信を持つのです。
しかし、今の母親は、子供を競争社会の落伍者にしないために、厳しい態度で子供に接することが多くなっています。
躾の原則が厳しいということは大切ですが、勉強に対して厳しくなると、注意の回数が自然に増えます。
そのように注意を受けて育った子は、小さいころは成績もよく、躾もよくできていて、いい子になるでしょう。
しかし、その子が、世界に対して自信を持つかどうかはわかりません。
その自信が出てくるのは、勉強生活が終わった社会人になってからです。
社会人になると、言われたことがきちんとできるかどうかは基本の基本であって、それ以上のものではありません。
社会人になって必要になるのは、言われたことをきちんとすることではなく、積極性や挑戦の意欲です。
その土台になるものが、自分に対する理由のない自信です。
お母さんは、いつも子供を褒めて育てることです。
子供が普通に成長していれば、叱って育てる場面はほとんどないはずです。
たまに大きく叱るのは、お父さんにやってもらえばいいのです。
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母親が子育てでできる最も大事なことは、対話と愛情です。
そして、子供を思うあまり、小言や注意をしないこと、子供の欠点は見ずに、いいところだけ見ることです。
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●動画:
https://youtu.be/pvd2LDJgesA
スポーツは、人間を熱狂させます。
野球でも、ゴルフでも、バスケットボールでも、また、ボクシングや格闘技のようなスポーツでもそうです。
それは、肉体が動くことによる競争なので、人間が自分の感情を移入しやすいからです。
しかし、その熱狂の結果、何が生まれるかというと、ほとんど何も大したものは生まれていません。
せいぜい、そのスポーツによって作られた経済の広い裾野のようなものだけです。
技術の競争は、そうではありません。
F1レースの競争や、スパコンの競争は、その競争の副産物として技術の進歩を生み出します。
こういう競争が、社会を進歩させる競争です。
これからの競争に必要なのは、創造の競争です。
創造はそれ自体面白いので、特に競争で煽る必要ありませんが、創造に取り組む厚い層を形成するために、創造に競争が加味される必要があります。
創造の競争に似ているのが、ノーベル賞のような科学技術の競争です。
しかし、これは、頂点が限られているので、ノーベル賞を目指す厚い層が形成されるということはありません。
競争の裾野を広げるためには、小学生の子供から参加でき、社会人になっても更に頂点が高くなる創造の賞を作ることです。
その賞が広がるかどうかは、単純に賞金の額にかかっています。
だから、これは国策として行う必要があります。
今ある競争の多くは、欧米のペースで作られた競争です。
日本発の新しい競争を作り、それを世界に発信していく必要があります。
それが、創造の賞です。
ノーベル賞を上回る質と量と多様性を持った、定期的な創造の祭典を日本から行っていくことが、競争を意味ある競争に発展させるひとつの道になると思います。
言葉の森の作文発表会や創造発表クラスも、このような見通しで行っています。
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意味ある競争は、相手の失敗を喜ぶ競争ではなく、相手の成功を認め、それを自身の成功に生かす競争だ。
そういう高め合う競争には、創造の要素が含まれている。
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