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記事 1665番  最新の記事 <前の記事 後の記事> 2024/4/19
これからの勉強はどうなるのか 2(なぜ家庭学習が必要か)  as/1665.html
森川林 2012/12/06 20:41 



 英数国理社などの教科の学習は、人に教えてもらうよりも自分でやる方が能率がいいのですが、小学校低学年のころは、勉強の能率などあまり関係のない初歩的な学習が中心なので、一斉授業のように人に教えてもらう形でも差し支えありません。

 しかし、学年が上がるにつれて学習の定着度には個人差が出てきますから、人に教わる形の勉強よりも自分のペースで進められる独学の方が能率がよくなります。

 ただし、独学とは言っても上手な独学の方法というものは必要です。特に受験勉強のような競争の中で行われる勉強は、それなりのノウハウがあります。実際の勉強の中身は独学でいいのですが、勉強の方向を決めるというような大きな方針の部分については、経験から得られた方法論が必要になるのです。

 しかし、大きな方針さえはずれていなければ、勉強は自分のペースでやる方が無駄なくできます。その能率のよさで浮いた時間は、自分の個性を育てる時間として生かしていくといいのです。

 小学校の早い時期から学習塾など他人に頼る形の勉強をしていると、勉強の中身を親が把握しにくくなり、学年が上がると更に親の手を離れた勉強になっていきます。本当は、中学3年生までの勉強は家庭でも見てあげられる内容ですが、小学校の低学年から塾に行く形の学習をしていると、中学生になっても当然その延長で塾に頼る勉強になります。

 そういう勉強の仕方をしてきた子は、高校生になっても自分の力で勉強するということに不安を感じるようになり、結局高校生でも予備校に頼った勉強になります。(今の日本ではほとんどの人がそうだと思いますが)

 そういう子は大学生になっても自分で勉強のテーマを見つけるのではなく、与えられた勉強を求める姿勢になりがちです。それでは、実社会で役立つ勉強はできません。(つづく)

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記事 1664番  最新の記事 <前の記事 後の記事> 2024/4/19
幼児期は英語教育よりもまず日本語の土台を(facebook記事より) as/1664.html
森川林 2012/12/06 07:01 



 幼児からの英会話教室を開いている方が、こんなことを言っていました。
「英語のスピーチコンテストをするために、最初に日本語で作文を書いてもらうのだけど、その日本語の作文が書けていない子が多くて・・・・・・」

 英語は国際的な共通語として必要です。しかし、子供が最初に学ぶのは日本語です。
 両方できればいいというのは当然ですが、言語習得の初期の時期には、二つの言語がぶつかり合うことがあります。

 カナダなど英語とフランス語が両方使われている国では、そういう研究は行われているようですが、それでもまだはっきりしたことはわかっていません。
 日本では、更にそういう研究は遅れています。しかも、日本語と英語は、フランス語と英語よりもはるかに共存しにくい言語です。

 幼児期から英語を習わせたいという親の気持ちはわかります。
 しかし、幼児期に英語のCDなどを聞かせられすぎた子が、成長して日本語をうまく操れなくなるという現象も起きています。

 遊びとしてやる程度であればいい経験になりますが、勉強としてやらせすぎると弊害も生まれてきます。
 英語の勉強を安心して始められる時期は、日本語脳が確定する小4からではないかと思います。

 知人に、英語を教えている人も多いので、こういうことは書きにくいのですが、日本の子供たちのためにあえて書くことにしました。

 何事も、やるのはいいけど、やりすぎないことです。

====

 この記事のあと、いろいろコメントをいただきました。
 そのコメントに体する返信から。


 幼児期の言語習得についての研究は、日本ではほとんど行われていないのではないかと思います。
 その点で、この角田氏の研究はユニークです。

 言語学者という文系の人が、もっと理科的なアプローチで考えていくといいと思うのですが。

「日本人の脳―脳の働きと東西の文化」角田 忠信
http://www.amazon.co.jp/dp/4469210684


 英語のCDは、活用できると思います。
 しかし、機械は手加減を知らないからやらせすぎてしまうことがあります。
 よく「英語をシャワーのように」という言葉がありますが、小3まではシャワーではなく水遊び程度にしていく方がいいと思います。

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記事 1663番  最新の記事 <前の記事 後の記事> 2024/4/19
これからの勉強はどうなるのか 1(作文はなぜ必要か)  as/1663.html
森川林 2012/12/05 13:11 



 言葉の森では今、家庭学習を中心にした全教科の学習を進める計画を立てています。「作文プラス家庭学習」という形で、子供たちの本当の学力を育てていく予定です。


 まず最初に、なぜ作文の勉強が大事かということについて説明します。

 これから日本の社会で必要になる学力は、創造性のある学力です。また、創造性を発揮する土台として、読解力と思考力が大切になってきます。この創造力を伸ばす勉強には、作文の勉強が最も相性がいいと思われます。なぜかというと、作文には、構成、題材、表現、主題それぞれの項目に創造力を伸ばす仕組みがあるからです。

(詳しくは、 「創造性を育てる作文1」 https://www.mori7.com/as/1542.html

 また、現実的なことを言えば、今後日本では少子化で入試問題が大きく変化していくことが予想されます。少なくとも、現在のような覚えた知識をただ再現するだけの試験、又は解法を記憶してそれをあてはめるような試験は次第に減っていきます。

 日本の大学では、まだこの記憶力を中心とした試験の形態が残っていますが、勉強はこれからグローバル時代に入ります。特に、大学教育においては、インターネットを利用して、自宅にいながらにして世界中の学びたい教科を学習できる条件が広がっています。このような中で、日本の大学も入学試験の形を大きく変化させていかざるを得ません。そうでなければ、日本の大学は世界と同じ基準で生き残ることができなくなるからです。

 これまでの入試で必要とされていた学力は、創造する学力ではなく、多数の資料をまとめて整理するというどちらかと言えば機械的な学力でした。それがこれから大きく変わっていくのです。


 ですから、作文の勉強は、当面の入試のために必要な人ももちろんいますが、入試に必要ないという場合でも、これからますますその能力が要求されるようになり、やがて創造力を伸ばすという教育の本来の目的から見て、学力の中心となっていくと思われます。

 そういう作文の学習が、小学校高学年以上になると、学校でほとんど行われていないのは、作文を教える必要がないからではなく、教えることが難しくまたそれ以上に評価することが難しいという理由によるものです。


 言葉の森では、このような考えから作文指導に特化した教育を行ってきました。そして、独学では勉強を進めにくい作文の指導に力を入れるとともに、その反対に、独学でも勉強できる教科の学習は本人に任せていました。

 小中高の英数国理社などの教科は、教科書と参考書さえあれば、基本的に誰でも自分ひとりで学べるものです。まして今日のように多くの優れた参考書や問題集がある環境では、独学は更に容易になっています。

 ところが、教材や教育機会が多様になるにつれて、かえって独学という形の学習がしにくい状況が生まれてきました。ひとことで言えば、教材が多様すぎて、どう取捨選択したらいいのかわからないという状態が生まれてきたのです。

 そのため、子供たちの教育は、かつてのように学校で基本を教えてもらえば、あとは家庭で簡単な宿題をやって学力がつくという牧歌的なものではなくなり、小学校低学年からさまざまな教材や塾を掛け持ちするようなものになってきました。その結果、勉強が多忙になる一方、そのわりには本当の学力がつかず、むしろ長時間の勉強によって勉強の本来の面白さを感じられない子供たちが増えているという状況が生まれてきたのです。


 そこで、言葉の森では、作文の学習を中心とした指導をする一方、音読、暗唱、対話のような家庭学習を更に発展させる形で、本来独学で学んだ方が能率のよい英語、数学、国語などの学習もカバーする計画を立てるようにしたのです。 (つづく)

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形に残らない国語の勉強(facebook記事より) as/1662.html
森川林 2012/11/28 07:26 



 形に残らないものの方が、本当は心の中に残ります。

 きれいな景色を見て写真を撮ると、写真という形が残るので、かえって感動は薄れてしまうことがあります。

 国語の勉強も、それに似ています。

 国語の勉強は、光や風や水のように形に残らないところがいいのです。



 国語力の本質は、文章を読んで理解する力です。

 その文章が日常的、事実的な易しいものから、次第に社会的、抽象的、説明的、意見的な難しいものになっていきます。

 更に、日本の国語の場合は、そこに微妙な心情の変化を読み取ることなども加わります。


 だから、いちばんいい勉強法は、そういう文章を読み慣れることです。


 小学校高学年になって塾の模試を受けると、国語の得意だったはずの子がひどい点数を取ってくることがあります。

 その原因の多くは、難しい文章を読み慣れていないことから来ています。


 国語の問題を解いたり、文章を要約したりという練習は、書くことに時間をかけるわりに読むことにかける時間はあまり多くありません。

 読むことに専念した方がずっと密度の濃い勉強になります。


 ところが読むだけの勉強は形に残らないので、学校や塾では取り組みにくいところがあります。

 国語の授業なのに、ただ文章を読むだけで終わり、というのでは格好がつかないからです。


 だから、国語の勉強は家庭での学習に向いています。

 形の残らないものは、家庭で毎日の習慣のようにやっていくのがいいのです。



 雲の間にぽっかり青い空がのぞいています。

 朝晩は、もう冬の始まりのようです。


 寒さに負けず、今日もいい一日をお過ごしください。

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今後起こりうる経済危機と言葉の森と森林プロジェクト as/1661.html
森川林 2012/11/27 19:52 



 EU諸国、アメリカ、中国、日本のどこが先に経済破綻しても、またそれがいつそうなってもおかしくないのが今の世界です。

 銀行や国家の経済破綻を先延ばしするために、これまで印刷されたマネーが際限ないほどに投入されてきた結果、破綻はかつてないほど大きなものになることが予想されています。

 しかし、人間は予期できない危機には弱いものの、予期できる危機については英知を結集して切り抜けてきた歴史があります。今回の危機も、もしかすると、全く新しい方法でうまく切り抜けられるかもしれません。

 しかし、私たちが今すべきことは、あてのない偶然に期待することではなく、最悪の事態が起こった場合を想定して、可能な対策を考えておくことです。

 破綻は、どこか一か所でほころびた場合、一挙にグローバル化された世界に広がります。日本以外で破綻が起きた場合でも、その影響は当然日本にも及びます。金融機関の帳簿上債権となっていたものが、一瞬のうちに何もなかったことになるという事態があちこちで生まれるでしょう。

 そして、金融機関の破綻は、リアルな世界にも広がります。それは、さまざまな分野にさまざまな形で現れますが、その大きな方向は予測することができます。それは、社会にとって不要なものが役目を終え、必要なものがより強く求められるようになるということです。

 人間にとって最も必要なものは生存ですから、食と住の確保は最も強く求められるものです。住は条件を問わなければ日本では余っています。食は自給率は40%であるとすれば、40%までは確保できるということです。もちろんこの40%を均等に保障するには政治の力が必要です。

 食と住に次いで必要なもののひとつが教育です。子供たちは、自然に成長していきますが、学力は自然には成長していきません。学力の向上を保障するものは教育です。だから、教育を経済危機に対応できるものに作り変えていく必要があります。

 今の教育は、校舎と教科書と先生によって担われています。しかし、その裏づけとなっているものは、公立学校の場合は税金であり、私立学校の場合は保護者の授業料と補助金という形の税金です。経済危機はお金が動かなくなることですから、校舎と教科書は残っても、肝心の教える先生を動かすお金がなくなっているのです。

 そこで動き出すのが家庭と地域です。言葉の森は、この家庭と地域における教育を組み立てていく手順を考えています。

 言葉の森の生徒の家庭が受講料を払えなくなったとします。すると、言葉の森はその家庭に対して毎月受講料を上回る地域通貨を発行します。

 その地域通貨の名称をとりあえず円ではなく球とします。わかりやすく1円=1球の価値です。球はキューともQとも書きます。(以下Q)

 地域通貨の発行の仕方は手帳です。手帳に、入、出、残の三つの行を設け、毎月、生徒の手帳の入の欄に、例えば10000Qと書いてサインをします。そして、言葉の森の手帳には出の欄に10000Qと書いておきます。

 言葉の森の受講料が8200円だとすると、保護者は現金で8200円を支払ってもいいし、手帳に書かれたQから支払ってもいいのです。

 保護者が手帳のQから支払う場合、その手帳の出の欄に8200Qと書き、受け取った言葉の森は、言葉の森の手帳の入の欄に8200Qと書きます。この場合、最初の10000Q入っている生徒の手帳の残は1800Qとなります。

 そこで、今度は、この1800Q以内で教育サービスを提供してくれそうな人を探すのです。地域には、子供たちに勉強やスポーツや音楽や遊びを提供できる人がいます。その人に、例えば、10人の生徒が音楽の指導を頼む場合、生徒10人の手帳の出にそれぞれ500Qなどと書き、その音楽の指導者にも手帳を作り、その手帳の入に5000Qと書きます。このようにして、地域の中で本当に必要なものを中心に、新しいお金が回っていくのです。

 いろいろな人がQというお金の手帳を持つようになったあと、近所の公園で市(いち)を開きます。それぞれが自分の提供できるものに、Qという値段をつけて持ち寄ります。それらの持ち物はQでなければ買えないので、まだQを持っていない人は、円を出してQを買います。

 そのようにして集まった円のお金は、まだQが通用しない外部の世界から物財を購入することに使われます。

 やがて、手帳では面倒だからと、サーバーにデーターベースを設け、そこに携帯などでアクセスしてユーザー名とパスワードでQをやりとりする仕組みもできてくるでしょう。そうなると、Qは容易に他のさまざまな地域通貨との互換性を持つようになります。Qと他の地域通貨をある比率で換算すればいいだけだからです。

 では、最初に生徒にQを発行した言葉の森は、そのQの裏づけとして何を持っていたのでしょうか。それは、金のような実物資産でも、円の貨幣資産でもありません。言葉の森の生徒に教育を提供するという動的なサービスが資産になっていたのです。

 このように考えれば、実物資産も金融資産も持たないが動的なサービスなら提供できるという人は多いはずです。その動的なサービスが生成されるのは、そこに動的なニーズがあるからです。言葉の森のサービスは、南極やアフリカでは何のサービスにもなりません。金やダイヤモンドはどこに持っていっても金やダイヤモンドですが、サービスはそのサービスを喜ぶ人のいるところでしかサービスとはならないからです。

 しかし、実はここに日本の将来の富の源泉があります。日本人は、衣食住さえ満たされればあとは何のニーズもなくただ満足して寝て暮らすだけの文化の中には生きていません。よりよい生活を求めるニーズが次々にわいてくるのが、日本の文化の特徴です。そこでニーズという形で無から富が生まれてくるのです。

 これが今後起こりうる経済危機への根本的な対処法です。言葉の森に通う生徒は、どれほど大規模な経済危機が来ようと、今と同じ形の勉強を続けられます。しかし、通信のクラスの場合は電話料や郵送料のさまざまなコストがかかります。通学のクラスであれば、コストは限りなくゼロに近づけられます。その通学のクラスの教室を担うのが森林プロジェクトになるのです。

 しかし、こういう事態が起こらないようにするのが大事であることは言うまでもありません。日本にも世界にも、まだ無限の開発の余地があります。その開発の中には、自然と共存するための開発も含まれます。

 アメリカがシェールガスの開発に着手し始めたように、日本もこれからメタンハイドレートばかりでなく、海洋に眠るレアアース、海洋そのものを利用する浮島開発など、さまざまな開発ビジョンを持っています。しかし、大事なことは、その国家的なビジョンと並行して、民衆が自分のできる範囲で新たなニーズと新たな供給を作り出していくことなのです。

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