ヤマアジサイのつぼみ
日本人の学力の土台は、日本語です。
こういう単純なことがわからない人があまりに多いので、この記事にはいろいろなクレームがあるだろうことを承知の上で書いておきます。
昔、レストランで、後ろの席にいた親子連れで、子供がまだ幼児だったと思いますが、母親が熱心にカタコトの英語で話しかけていました。
教育熱心なのは、いいことですが、その熱心さの方向が違うと思いました。
英語教育の第一人者とに言われるような鵜沢戸久子さんが、幼児期から英語をシャワーを浴びるように聞かせるといいという最初の方針を改め、「幼児期は、英語のCDは15分程度で留めることが必要」と書くようになりました。
「
日本人の小学生に100%英語をマスターさせる法」
幼児期から英語をさせすぎる弊害を感じたからです。
幼児期からの英語学習によって、英語の日本語も、どちらも不十分になるということなのです。
英語教育者の渡部昇一さんは、「
英語の早期教育・社内公用語は百害あって一利なし」という本を出しています。
英語教育に携わる人は、こういう本を一度は読んでおくといいと思います。
以前、教育系の雑誌で見た記事ですが、日本で暮らしている小学校高学年の子供の保護者が、「うちの子は、日本語の本より、英語の本をよく読むのです」と言っていました。
どちらの言語で読むかということよりも、その本の内容がどういうものかということが大事です。
英語で、「ジャックと豆の木」や「赤ずきんちゃん」の本が読めると言っても、それが何かの実力につながるわけではありません。
言語ではなく、内容のある難しい本をしっかり読めることが大事なのです。
AIの発達で、最も影響を受ける教科は、英語です。
AIは、どんなベテランの英語の教師よりも英語が得意です。
英語と同じような教科は、国語、理科、社会です。
こういう教科の先生は、もう人間がやる必要がなくなるのです。
今のAIで、まだついていけない教科は、数学です。
AIは、膨大な情報から確率的に答えを出しているだけで、論理的に答えを出しているわけではないからです。
AIの今後の進化を考えると、外国語については、ポケトークのような機器が発達して、言語の壁はなくなります。
だから、今の英語の勉強法と同じかたちで、中国語やドイツ語やフランス語を学ぶのは、時間の無駄でしかありません。
やがて、このことが理解されるようになると、英語の入試自体がなくなり、英語の代わりに、「多様な文化の理解」のような教科になります。
これは、語学の勉強というよりも、社会科の勉強です。
教育に携わる人は、こういう長期的な見通しを持っておくことが必要です。
では、英語の先生を今やっている人は、何をしたらいいかというと、これまでの語学教育の経験を生かして、日本語教育をやっていくのです。
英語は、伝達の言語です。
だから、世界中に広がりました。
しかし、AIの発達によって伝達のツールは、言語の壁を超えるようになりました。
一方、日本語は、単なる伝達の言語ではありません。
日本語は、教育の言語です。
だから、言語の教育を行うとしたら、外国の子供たちに日本語の教育をしていくといいのです。
インターネットの時代には、世界中の子供たちに日本語の教育を行えるようになります。
幼児期からの日本語教育が、これからの世界の教育のトレンドになると思います。
その教育ができるのは、日本語を母語としてきた日本人です。
明治時代になって、それまでの江戸時代に必要だった馬術や剣術の練習が必要なくなったように、AI時代は、今後、学習の大きな転換点になります。
漢字の書き取りや、ややこしい計算練習や、理科や社会のどうでもいい知識は、もはや、人間がすることではなくなります。
単子葉植物と双子葉植物の維管束の形状の違いなどは、ネットで調べればすぐにわかることです。
テストで、記憶力を評価するような知識ではありません。
むしろ、そういう単子葉と双子葉の違いがなぜ生じたのか、もし自分が植物だったらどうしたいと思ったかという創造的な学習の方が大事です。
しかし、創造の問題は、定期テストには出てきません。
では、何がこれからの勉強の中心になるかというと、それは哲学と数学と芸術です。
哲学とは、言語を使った学問の総称ですから、政治学、経済学、心理学、倫理学など、言葉を使ったあらゆる分野を含みます。
数学は、物理学や化学や工学も含みます。
芸術は、文学や音楽や舞踊や絵画や彫刻のほかに、新しいジャンルの芸術がこれから生まれると思います。
スポーツは、競争という面をなくし、芸術と同じような共感と交流のスポーツになると思います。
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アジサイ
勉強の中心は、家庭学習です。
しかし、子供たちの中には、家庭での学習は、学校の宿題をやるだけという子もいます。
言葉の森の学習記録を見ると、国語、算数数学、英語とも、問題集は毎週5~10ページ進んでいなければならないはずです。
https://www.mori7.com/gs/
しかし、1週間で、ほんの数ページだったり、記録をつけ忘れたりしている子がいます。
週に1回、授業に参加するだけでは絶対に力はつきません。
明らかに学力のない子が、1週間で1、2ページしか勉強していないということがあります。
そういう子は、勉強したページに関して質問しても、うまく答えられなません。
子供の本文は、勉強です。
しかし、それは、学校に通うことではなく、家庭で毎日の自主学習をすることです。
そこで、今後、問題集のページが進んでいない子については、自習室の参加を義務づけるようにします。
学習グラフを見れば、学習状況がわかりますから、それをもとにして、保護者に連絡し、毎日必ず一定時間は、自習記録をつけ、自習室に参加して勉強するということを義務づけたいと思います。
https://www.mori7.com/teraon/js.php
人間は、中学2年生ぐらいまでは勉強の自覚がないので、家庭がしっかりしていなければ、子供は勉強をさぼりたくなるのが普通です。
この自習室参加の義務付けを、当面、一部のクラスから始めて、やがて全クラスに広げたいと思います。
対象の生徒は、次のクラスの生徒です。
・国語読解クラス
・算数数学クラス
・英語クラス
・基礎学力クラス
・総合学力クラス
・全科学力クラス
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野菊
子供の勉強は、長期的な見通しを持つことが大切です。
受験という目標があると、そこにすべてを集中してしまいがちです。
特に、今は、塾でも競争を煽るようなかたちで大量の宿題を出したり、頻繁なテストを課したりするので、子供も親も、その塾のペースに流されがちです。
しかし、よく考えてみればわかるように、受験勉強で、あとに残るものはあまりありません。
受験の算数は、差をつけるための算数なので、難しい問題が出てきますが、その難しさはあとに残りません。
数学は、中学や高校でしっかり勉強すればいいのです。
苦労して中学受験の勉強をした子と、小学生時代のんびり遊んでいた子が、結局同じ大学に合格するということは、よくあります。
本当の勉強は、子供が自覚してから始まるので、中学3年生から高校3年生にかけての勉強が、最も大事なのです。
受験勉強で、あとに残るものはあまりありません。
そのかわり、小学生時代、本当にあとに残るものがあるとすれば、それは読書と作文と遊びです。
これらは、子供の感受性、思考力、表現力を育てます。
それが、最もあとに残る学力なのです。
塾に通うと、勉強時間が増えるので、初めのうちは作文の勉強との両立は難しいと感じる人もいると思いますが、その忙しい時間もやがて慣れてきます。
受験勉強中も、できるだけ、読書と作文の勉強は続けて、どうしても時間的に無理になったときだけ、いったん休会して、また、中学受験の合格後に再開すればいいのです。
言葉の森の作文は、高校3年生まで続けられます。
言葉の森には、小学1年生から作文の勉強を始めて、高校3年生まで続けている生徒が何人もいます。
うちの子2人もそうでした(笑)。
長い展望を持って、作文の勉強に取り組んでいきましょう。
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クリサンセマム、ノースポール、寒白菊
昔、中国から日本に来た小6の男の子がいました。
中国の漢字は読めますが、日本語の文章の漢字は、中国の読み方とは違うのでなかなか読めません。
そのときに、読んでいるのは、ひらがなだけの絵本のような本でした。
そこで、作文の課題の長文を毎日音読してもらうことにしました。
そのままでは読めませんから、ふりがなのページで、全部の漢字にふりがなをつけた長文を印刷し直して渡しました。
https://www.mori7.com/musi/ruby.php
その子のお母さんが立派で、毎日必ず、その子に音読をさせてくれました。
音読と言っても、1500字ぐらいの長文ですから、読むのには5分もかかりません。
大事なのは、それを毎日続けることです。
すると、作文もどんどん上達し、中学3年生のころには、日本の中学生と同等かそれ以上の立派な文章を書けるようになり、第一志望の高校に合格しました。
外国人の子供が日本で勉強する場合、小学4年生ぐらいまでは勉強も比較的楽にできるようです。
わからないことがあっても、友達に聞けば、耳学問のような感じで理解できるからです。
しかし、小学5年生になり、抽象的な概念が出てくるようになると、耳学問だけではついていけません。
小学5年生以降は、自分で日本語の文章を読む力がなければ、勉強についていけなくなるのです。
勉強法は、単純です。
毎日、課題の長文を音読することがひとつで、もうひとつは毎日読書をすることです。
音読は、朝ご飯の前にすると続けやすくなります。
食卓に、課題フォルダを置いておき、音読をしてから朝ご飯を食べるようにすれば毎日できます。
読書は、学年の10倍ページが基本ですが、苦手なうちは、毎日10ページ以上を読むというようにすれば続けられます。
勉強の基本は、この単純なことを、1日も休ますに毎日続けることです。
そのためには、音読を近くで聞くことのあるお母さんは、子供がどんな読み方をしても褒め続けることです。
男の子は、特に、単調な勉強に飽きるので、ふざけて読んだり、早口で読んだり、中の言葉を言い換えて面白く読んだりということをします。
それをすべて褒めて、毎日の音読を続けさせるのです。
子供は、小学生のうちは、嫌々でも音読をしますが、中学生以降は音読をしたがらなくなります。
親も、中学生の子に、音読を強制することはなかなかできなくなります。
先ほどの中国から来た子供のお母さんも、子供が中学生になっても音読を続けさせるのはかなり苦労したと言っていました。
しかし、最もよい国語の勉強法は、この音読と読書です。
読書のレベルを上げるためには、毎日50ページ以上読むこと、物語文だけでなく説明文、意見文の本を読むことです。
中学生、高校生は定期テストがあるので、定期テストの2週間前からは、読書はいったん休んでもいいのですが、読書力のある子は、テスト前でも本を読んでいます。
この読書力が、学力の土台になるのです。
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