12月の森リン大賞と上位入賞者(小5の部227人中)数年前のことに 清書あきぬい どの国の食事にも様々な制限や規則が習慣として存在する。米の飯と他の食べ物との日本食における関係は並列的・同時的であり、西洋諸国の食事文化は通時的展開方式の性格が強い。文化の単位を成している個々の項目は、他の様々な項目との間で一種の引っ張り合い、押し合いの対立をしながら、相対的に価値が決まっていくものである。ぼくが一番共感したところは、どの国の食事にも様々な制限や規則が習慣として存在するというところだ。
ぼくは幼稚園のとき、メキシコに一年半住んでいたことがある。ぼくの家の道路を挟んで向かいの家が犬を飼っていた。犬種はチワワのような小型犬だった。その犬がいつも放し飼いにされていた。だからぼくが家に帰るときや出かけるときは、必ずぼくの家の門まで追いかけて来てワンワン吠えた。だから、怖くて外に出たくないほど嫌だった。メキシコでの犬の飼い方は、殆どが放し飼いでリードを付ける習慣が無い。それは日本では考えられない。その犬は、いつもしつこく郵便屋さんのバイクの邪魔をしながら隣を並走していたので、郵便屋さんに何度も蹴られていた。ぼくは、危ない、といつも思っていた。母は、いつか車にひかれる、と言っていた。その予言は的中した。ある日、「キュァーーーン。」と物凄い犬の鳴き声がしたので窓から外を見ると、車の後ろに犬が横たわっていた。犬が車の後ろを追いかけていたところその車がバックしてきたので、ひかれて死んでしまったようだった。飼い主は慌てて家から出てきて、「オーノー!」と叫んで泣き崩れていた。その様子は、まるでこの世の終わりのようだった。ぼくは母と「そりゃそうなるよね。」と話していた。何故犬は放し飼いにされているのだろうか。メキシコでは、犬に自由を与えるために放し飼いにしているのではないかと思った。一方日本では犬にとって多少不自由でも犬を全ての危険から守るためにリードを付けているのではないだろうか。だから、この犬が死んでしまったことは仕方がないと思った。ぼくなら、犬を危険から守るためにリードを付けることを選択すると思う。これは日本人特有の考え方なのかもしれない。犬一つにとっても国によって価値観が違うということがこの出来事からもよく分かった。
母が文化や価値観の違いを痛感したことは、メキシコでの生活で、メキシコ人は大雑把だ、と思ったことだ。住んでいた家のガラス窓の隙間から雨が入ってきていた。雨季に入っている時期のメキシコの大雨は激しかったので、雨が降るたび床がビチャビチャになっていた。母は業者を呼んだ。母はてっきり、業者が窓の隙間を何かでふさいでくれるのかと思っていた。すると、業者は電動ドリルを取り出して窓のサッシに穴を開け始めた。母は慌てて業者を止めようとしたが、業者は自信満々に作業を続けた。結局、窓に穴は開き、不思議なことに水は家に入らなくなったそうだ。しかし、新たな問題が発生した。その穴から蟻が入り込むようになり、ある日蟻が大行列を作ってリビングを横断していたのだ。母はその問題を仕方なく受け入れて、メキシコ人の家に対する価値観の違いを痛感したそうだ。母にその話を聞いてぼくは思った。日本は正確に家が造られていて、雨水も虫も家に入ってこない。少しの不具合があると、すぐに修理し完璧な家にしようとする。メキシコの家は隙間だらけで雨水も虫も家に入ってくることもある。でもそれはメキシコ人にとっては気にならないのかもしれない。メキシコ人は陽気で大らかだ、と母が言っていた。そのような気質があるから、家に対する価値観も日本とは違うのだろう。国によって気質が違えばものの考え方や価値観も変わる。そのことを認めて受け入れることは他の国の人と関わる上で大事なことだと思った。
郷に入っては郷に従え、ということわざがあるように、国それぞれによって気質や文化やものの価値観に違いがあるのだ。大切なことは、それを理解した上でそれぞれの国の人たちに合わせて柔軟に対応していくことだ。ぼくは将来父のように他の国の人と関わりを持つことがあるかもしれない。そのときは、その国の人たちの価値観を認めるようにしようと思った。まずぼくが出来ることは、それぞれの国のことを知ることだ。そのために地理や歴史や英語を学ぶことが重要だと思った。
| 順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
|---|
| 1位 | ●数年前のことに 清書 | あきぬい | 80 | 1767 | 48 | 72 | 82 | 89 |
| 2位 | ●ある日5つになる(感)改 清書 | あかそよ | 80 | 1211 | 47 | 59 | 73 | 90 |
| 3位 | ●おいしかったことまずかったこと | momoka | 80 | 1178 | 54 | 73 | 69 | 86 |
| 4位 | ●新しい文化 | あえなえ | 79 | 1464 | 48 | 77 | 81 | 84 |
| 5位 | ●給食のまずいもの | あきよえ | 79 | 925 | 52 | 57 | 75 | 84 |
| 6位 | ●僕の好き嫌い | こうた | 77 | 1096 | 46 | 57 | 72 | 83 |
| 7位 | ●ある日、五つになる(清書) | すりりんご | 76 | 861 | 48 | 59 | 66 | 77 |
| 8位 | ●気持ちが伝わる手書き | ふうか | 75 | 809 | 44 | 57 | 64 | 89 |
| 9位 | ●いろいろな食文化 | ほたか | 73 | 606 | 44 | 56 | 67 | 96 |
| 10位 | ●人、それぞれ | あおほゆ | 72 | 618 | 44 | 71 | 73 | 84 |
12月の森リン大賞と上位入賞者(小6の部258人中)朝寝坊とむにゃん 「・・・さい。」
「・・なさい。」
「・きなさい。」
「起きなさい。起きなさい。」
「もうちょっと寝るね。」
「はっ!うそ!もうこんな時間なのいそげー?。」
寝るというのはあっとういう間です。意識があって寝るのは長く感じたことはありますか?これから僕とぼくの母の体験について話します。
僕は、1年生の時はよく朝寝坊をしていました。起きなさいと言われて起きたのが7時50分くらいの時がありました。その時に僕が、思ったのは
「なんで起こしてくれなかったのー。」
でも、後から母が言ったのは、
「何度も起こしたわよ。」
そう言われてしまいました。
次に母のお話です。母は、中学か高校生の頃テストに疲れて金曜日の夜に寝て起きたのが日曜日の夕方に起きてまた眠ってしまい次の日にしっかり起きたのが月曜日の朝の6時でした。その話を聞いて僕は、
「よく1日以上寝ることが出来るね。僕じゃ絶対1日以上寝ることはできないよ。」
僕は、寝るということで尊敬している生き物がいますそれは、人間以外の生き物です。
なぜ動物たちは、寝るということに制限がありませんでも寝るのに制限がないけど寝るということがとても難しいです。動物たちは、自然界に住んでいるから寝るための布団、寝床を確保する必要があります。でも今は、人が木の伐採のせいで動物たちのすみかが奪われてしまいます。そのいい例としてクマが挙げられます。これから熊の寝ることすみかの状況について話します。
熊は、人と比べて100日くらい寝ても死ぬことはありません。人は、100日くらい寝るとカルシウムである骨が解けて屍になってしまいます。でも熊は骨が頑丈だから生きることが出来るのです。そして次は、すみかのことについてです。熊は、昔は、温暖化がまだ進行していなかったころは、熊も冬眠ができていて今と比べてとても平和でした。でも今は、温暖化で冬眠していたはずのクマが目覚めて熊は動きます→おなか減ります→気温のせいでご飯がありません→食べ物を探しているといつの間にか人里に出てしまいます→そして人に襲い掛かってしまいます。それを人が怖がり熊たちを殺してしまいます。この文章はクマのことを言っているから熊が悪いように見えるけど僕が思う限りでは人の方が悪者だと思います。なぜなら人の出した排気ガスや工場の煙で地球温暖化が起きてしまう。そのせいでクマが目覚め理不尽に殺されてしまいます。熊だけではありません。日本カモシカ、ラッコ、クロマグロ、ウミガメなどの生き物は人間の身勝手さで失われた命がたくさんあります。そういう子たちを1匹でも多くの命を助けなくてはいけないと僕は思います。
話を変えて朝寝坊に移ろうと思います。朝寝坊は、僕にとっては幸せなことです。でも本当にそれが幸せなのかはわかりません。長所があれば短所もあると僕は考えます。寝ると言えばこのことわざです。
“寝る子は育つ”
意味は、名前の通り子供は早起きをするとすくすく育つという意味です。でも寝すぎると逆に良くないと僕は、さっき言いました。
人は寝るは、1日の休憩であり極楽と思うだろう僕も兄もそう思っています。でも寝るということは安らぎだけではない最初に言ったとおり寝るは、天国を一気に地獄に落とすものである。それが寝るということの恐ろしいところだと僕は思います。
「起きなさい。」
今日もまた家族の誰かを起こす母の声は家中に響き渡っていることでしょう。
| 順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
|---|
| 1位 | ●朝寝坊 | とむにゃん | 87 | 1433 | 63 | 73 | 92 | 81 |
| 2位 | ●やっぱりしたい、してもいい ー清書ー | あえかわ | 87 | 2218 | 59 | 73 | 83 | 84 |
| 3位 | ●人は生まれながらに(清書) | あえもま | 87 | 2373 | 68 | 68 | 72 | 84 |
| 4位 | ●人生 | ポッポ | 86 | 1134 | 54 | 81 | 84 | 96 |
| 5位 | ●勉強は興味から | ゆう | 85 | 1141 | 54 | 81 | 84 | 86 |
| 6位 | ●夢中になれることの大切さ | かんこ | 85 | 1294 | 51 | 75 | 78 | 89 |
| 7位 | ●勉強の意味 | あかれせ | 85 | 1155 | 59 | 69 | 72 | 86 |
| 8位 | ●ある日、五つになる(清書) | あきこさ | 83 | 1238 | 57 | 74 | 83 | 89 |
| 9位 | ●最強の武器 | こだぬきポン | 82 | 1155 | 47 | 75 | 78 | 93 |
| 10位 | ●議論する社会を作っていくためには「清書」 | あんこ | 82 | 1054 | 54 | 83 | 76 | 83 |
2023年12月の森リン大賞のページです。
https://www.mori7.com/oka/moririn_seisyo.php?nenn=2023&tuki=12
森リン大賞は、森リンによる採点で高得点になった作品の中から、代表作品を選んでいます。
小学1、2年生は、上位入賞者は表示していません。
小学3、4年生は、上位入賞者は表示していますが、代表作品は表示していません。
小学5年生からは、上位入賞者と代表作品の両方を表示しています。
代表作品は、1位であることが多いですが、必ずしも1位になった作品ではなく、上位入賞作品の中から、特に優れた作品を表示しています。
小学1、2年生や小学3、4年生で、表示を限定していたのには理由があります。
第一に、小学4年生までは、生徒本人がパソコンで入力できる人が少ないためです。
第二に、小学4年生までは、自分らしく書くことが楽しい時期なので、そこに競争で勝つとか負けるとかいう要素を入れたくなかったからです。
小学5年生から、生徒は向上心を持つようになります。
すると、他の生徒の作品を見て、自分も努力したいと思うようになります。
それで、代表作品の表示は、小学5年生から行うことにしていました。
しかし、小学1、2年生や小学3、4年生でも、同学年の生徒の作品を見たいという人が多かったと思います。
そこで、1月4週の清書からは、小学1年生から上位入賞者と代表作品を表示するようにします。
保護者の方は、優れた作品を見ることが参考になるということで、森リン大賞を見てください。
勝ち負けを競うようなことは、低中学年のうちはなるべくしないように家庭で配慮していかれるといいと思います。
12月の森リン大賞と上位入賞者(小3の部174人中)| 順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
|---|
| 1位 | ●世界の破滅バーン | あきひろ | 72 | 1118 | 46 | 73 | 87 | 73 |
| 2位 | ●本当のやさしい友だち | さゆり | 69 | 870 | 42 | 47 | 57 | 89 |
| 3位 | ●アインシュタインのせんそうのあとのこと | ゆうたろう | 68 | 540 | 39 | 51 | 62 | 87 |
| 4位 | ●初めてのお店は赤字だったよ | あかたよ | 66 | 1124 | 39 | 55 | 67 | 87 |
| 5位 | ●きびしい道を進んだアインシュタイン | たいせい | 66 | 389 | 44 | 48 | 59 | 96 |
| 6位 | ●たん生日に家族で | あえたし | 61 | 290 | 38 | 51 | 55 | 68 |
| 7位 | ●きょうのかいじゅうとトッポのたたかい | おぐらたかき | 58 | 119 | 38 | 43 | 50 | 92 |
12月の森リン大賞と上位入賞者(小4の部217人中)| 順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
|---|
| 1位 | ●生き物の一生 | たくみ | 77 | 1179 | 41 | 54 | 82 | 100 |
| 2位 | ●思い出の宝物清書 | ゆき | 77 | 858 | 51 | 65 | 75 | 89 |
| 3位 | ●スポーツは努力のかけらだ | あかれも | 76 | 819 | 46 | 60 | 68 | 86 |
| 4位 | ●スイミングと友達 | あきはな | 74 | 1014 | 42 | 51 | 64 | 86 |
| 5位 | ●わたしのアメシスト | あえほあ | 73 | 598 | 44 | 63 | 74 | 89 |
| 6位 | ●大切な化石 | いわそう | 72 | 639 | 46 | 59 | 78 | 87 |
| 7位 | ●危険な技 清書 | あえやひ | 72 | 708 | 46 | 62 | 64 | 81 |
| 8位 | ●協力とは | みさ | 69 | 601 | 52 | 52 | 58 | 86 |
2023年12月の森リン大賞のページです。
https://www.mori7.com/oka/moririn_seisyo.php?nenn=2023&tuki=12
日本水仙
●動画:https://youtu.be/QhQgVqVAlF4
小学4年生までの作文の勉強は、普通に読む力がある子であれば、その読む力に応じて普通に書けます。
あまりに普通に苦もなく書くので、お母さんの中には、「作文の勉強は、もうこれでいいや」と思ってしまう人も多いと思います。
しかし、小学5年生になると、作文の課題は、説明文の感想文中心になります。
すると、そこで、考える感想を書ける子と、小学4年生までの事実中心の作文しか書けない子との差が出てくるのです。
では、小学4年生のころに、小学5年生の課題を先取りすればいいかというと、それは年齢的にできません。
小学5年生は、物事を抽象的、構成的に考えることができますが、小学4年生ではまだそういうことはできないからです。
更に、中学生の課題になると、構成を考えて書く練習になります。
このときに、例えば、意見の裏付けになる理由を書ける子と、理由ではなく実例しか書けない子との差が出てきます。
この差は、抽象的な語彙力を持っているかどうかの差です。
しかし、教える先生は、だからだめだというようなことは言いません。
子供の成長には、時間がかかります。
年齢に応じて読む力をつけていけば、誰でも難しい課題を書く力がついてきます。
そのためには、説明文の読書を中心に読む力をつけていく必要があります。
そして、小学校高学年からの生徒は、自動採点ソフト「森リン」の点数をひとつの指標にしていくといいのです。
小学生までの作文指導しかできないか、中学生、高校生までの作文指導ができるかどうかが、作文の指導力の差になります。
今日、1月9日の朝日小学生新聞に、作文通信教育講座ブンブンどりむが広告を載せていました。
よくがんばっていると思いますが、この作文通信教室の対象は小学生までです。
小学3、4年生までの作文指導は、ある程度誰でもできます。
難しいのは、小学5、6年生になってからの作文指導と、中学生、高校生になってからの作文指導です。
ブンブンどりむの監修者である齋藤孝さんの「
こども文章力」を読むと、作文指導の中心が、小学校低中学年までになっていることがわかります。
この本に例文として載せてある作文も、小学3年生が書いた作文という設定になっています。
だから、このレベルの作文指導法をいくら読んでも、高学年の作文指導はできません。 まして、中学生、高校生の作文指導などは、遠い未来の話になってしまいます。
現在、小学3、4年生で、「もう作文は、大体書けるからいいや」と思っている人は、その先に続く作文の勉強を考えてみてください。
考える力をつける作文は、小学5年生から始まります。
そのため、小学4年生まで一応作文を書けていた生徒が、小学5年生になると急に書けなくなることがあります。
書けなくなるということは、考える力が必要になるということですから、小学5年生以降の作文の勉強をすることで、考える力がつくのです。
私は、人を批判することは好きではありませんが、学校の先生や保護者の方が、作文の勉強とはこういうレベルでいいのだと考えてしまうのは、子供たちの作文の質を低下させると思うので、あえて批判的なことを書かせていただきました。
反論があれば、ぜひどうぞ。
作文の書き方をいくつか見比べてみると、みな、言葉の森の指導方法を参考にしている様子が見受けられますね。初めにこれだけのアイデアを考えて体系化したこと自体が素晴らしいと感じます。
もし可能であれば、教材の一部をアップデートすることで、より効果的な学習ができるのではないでしょうか。