勉強の鉄則は、できないところが一つもなくなるまで、何度も同じことを繰り返すことです。
しかし、現在のような教材の豊富な時代は、この繰り返すということができない子が多いのです。
読書も同じです。同じ本を何度も繰り返して読む子は、その本から多くのものを吸収します。逆に、一度読んだからもう読まないという読み方で、新しい本を次々に読む子は、あまり読書力がつきません。
昔は、本が少なかったので、自然に同じ本を何度も繰り返し読む習慣がつきました。今は本が多すぎるので、同じ本を繰り返し読むための環境がなくなっているのです。
繰り返しの勉強を当然のように思わせるには、低学年のころから繰り返しの勉強に慣れておく必要があります。
低学年のころから、次々に新しい問題集を解かせるような勉強をしていると、学年が上がってから同じ問題集繰り返し解くという勉強がしにくくなります。
人間は、飽きる動物なので、子供も大人も、同じことを何度も繰り返すよりも、新しいことを次々とやりたがるものです。
しかし、何かを身につけるとき、この新しいことを次々とというやり方は最も効果の出ない方法なのです。
市販の問題集や通信教育の教材には、共通する弱点があります。それは、例えばその問題集を解くときに、問題集のページにそのまま答えを形になっているものが多いことです。
低学年のまだ間違いがほとんどない次期ならそれでいいかもしれません。しかし、学年が上がってくると、何度やっても間違えるとか、解法を読んでも理解できないとかいう問題が出てきます。
このとき、1冊の問題集を何度も繰り返すという勉強が生きてくるのです。
家庭学習で、1冊の問題集を何度も繰り返すという勉強がなかなかできないのは、新しいものを次々と与えた方が、子供が楽しんでやるからです。
しかし、新しいものを次々とやるのは、結局できることを次々とやることですから、勉強ではなくただの作業になることが多いのです。
そういう作業的な勉強法を克服するために行っているのが、言葉の森の寺子屋オンエア教育です。
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小さい子供を持つお母さん方の中には、「日本語など自然に身につくものだ」と考えている人も多いようです。
そして、そのかわり、「自分は英語が苦手だったから、英語は子供のうちから早めに身につけていた方がよい」と考えてしまう人も多いようです。
その結果、幼児期から英語教室に通わせ、更には、親子の会話にもときどき片言の英語を混ぜて話すような人も出てきます。
そういうふうにして育った子供の中に、日本語が十分に発達しなくなる子がときどきいるのです。
そういう子は、日本語が不十分になった分、英語が得意になっているかというと、そんなことはまずありません。
小さいころは、同学年の子が知らないような英単語を知っているかもしれませんが、そういう差は中学生になり、高校生になれば、全くなくなってしまいます。
特に、大学入試の英語は、英語力が半分、国語力が半分という問題です。国語で考える力がなければ、英語がいくら達者でも、考える英語は理解できないのです。
英語教育を、小学4年生あたりからやらせるのは、決して早すぎはしません。むしろ、よいことだと思います。そのころは、中学生のころよりも、柔軟に英語の音を身につけることができるからです。
しかし、英語教育を小学3年生以下でやらせるのは、早すぎます。まして、幼児期から英語の勉強をさせるというのは、子供の思考力の正常な発達を妨げるものになると言ってもよいと思います。
渡部昇一さんは、「英語の早期教育・社内公用語は百害あって一利なし」という本を出しています。単刀直入のわかりやすいタイトルの本ですが、中身はしっかりした英語教育論です。
日本人は、日本語でものを考えます。日本語は、単に国語の教科だけで使われるのではなく、数学も理科も社会も美術も音楽も体育も、すべて日本語で把握して身につけているのです。
だから、幼児期から小学校低中学年にかけての教育は、日本語力を育てることを第一に考えていく必要があります。
日本語力を育てるためには、まず、早期の英語教育をしないこと、テレビなどの機械的な音声にできるかぎり触れさせないこと、そして、親子の対話と読書の機会を増やしていくことです。
つまり、家庭での普通の日本語による生活を大事にしていくことなのです。
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○がつけば誰でもうれしいものです。だから、子供はできるだけ○になろうとします。
しかし、自学自習で自分で採点するスタイルの勉強では、×がたくさんついた方がよい勉強なのです。
学校や塾のテストで、子供が悪い点を取ってきたとき、ほとんどの親は顔をしかめると思います。逆に、全部○のテストを持ってきたら、にっこり笑って子供を褒めると思います。
なぜ○がうれしく、×がうれしくないかというと、評価の基準を過去に置いているからです。その子のやったこれまでのことが正しかったから○になったと考えるからです。
しかし、本当に大事な基準は未来にあります。これから、その子がどういう勉強をしていくべきか考えるのが未来の基準です。
未来に基準を置けば、○は意味のない評価で、×こそが意味のある評価になります。
だから、子供の勉強で×がついたら、親はそれを喜ばないといけないのです(難しいと思いますが(笑))。そして、
「×がついた分だけ、自分がこれから賢くなるんだから、×はたくさんついた方がいいんだよ」
と、子供に言ってあげるのです。
こういう見方や考え方は、単に勉強のコツにとどまらず、子供の人生観にも影響を与えます。
それは、目先の利益にこだわらず、より大きな社会的な利益を目指すという考えに結びついていくのです。
昔、私(森川林)は、自分の子供が勉強しているときに、よく、
「わからない問題はあてずっぽうで答えを書いて○になるよりも、空欄にして×をもらった方がいいんだよ」
と教えていました。
その子は、中学生のとき、塾にはどこも行っていなかったのですが、友達のみんなが近くの塾に行くので、どんなところか知りたいと思ったらしく、夏期講習だけ試しに塾に行くことにしました。
ところが、そこで、塾の先生が、
「テストで時間がないときは、何でもいいから答えを書いておけば○になることもある」
と正反対のことを教えてくれたそうです。
それで、そういう塾での勉強を見限ったのか、結局塾には行かずに自分で勉強していました。
小さな得を求めていては、人間は成長しません。
○に満足するのが小さな得だとしたら、大きな得は×を出発点とするところにあるのです。
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