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作文の勉強は小1、小2から as/1576.html
森川林 2012/07/08 20:56 



 国語の指導をしている人の中に、「作文は小4から」と言う人がいるようですが、小4からでは遅すぎるというのが本当です。

 小3や小4は、小学生がいちばん小学生らしく充実した勉強をする時期です。読書で言うと、読むのが楽しくなる本がたくさんあり、読書をする力もついてきます。作文で言うと、作文を書く力がつくとともに、作文に書く材料には事欠きません。ちょうど勉強の花が咲く時期なのです。

 ところがここできれいな花を咲かせるためには、まだ花の咲いていない小1、小2のころの準備が必要になってきます。書いたものを添削するだけの事後指導が中心の作文指導であれば、作文が上手に書けるようになってから赤ペンで添削するということしかできませんが、本当に大事なのは添削する以前に実力をつけておくことなのです。

 小3、小4のころは、どの子も生き生きと作文を書きますが、これが、小学校高学年になると、3、4年生ほど無邪気に、書くことや読むことに喜びを感じることができなくなってきます。コンクールなどに入選していちばん素直に喜べるのが小3や小4のころで、それよりも学年が小さいとうれしさという実感があまりありません。また、それよりも学年が大きいと今度は気恥ずかしさのようなものが出てきます。

 だから、作文の勉強が最も充実するのが小3や小4のころですが、しかし、だからこそそのころから作文の勉強を始めるのでは遅いのです。

 勉強の習慣のようなものは、小1や小2のころに形成されます。例えば、毎日の暗唱のような勉強も、小学校低学年で始めれば楽に定着しますが、小3や小4になってからだと、なかなか習慣になりにくいところがあります。

 また、小学校高学年になったり、中学生になったりして勉強や部活などが忙しくなると、作文の勉強が習慣として定着していない場合は、継続することが難しくなります。しかし、小学校低学年のころから作文の勉強をしている子は、そういう忙しい時期でも何とか工夫して続けることができるのです。

 小学校1、2年生は、作文の勉強だけに限っていえば、字数も少なく内容も乏しく、勉強の中身があまりないように見えるかもしれません。しかし、この時期は、外に見えない勉強が蓄積されている時期です。例えば、毎日暗唱をする習慣や、毎日本を読む習慣、毎週作文を書く習慣、書いた作文や音読する長文について毎週親子で対話をする習慣などが形成されています。

 昔から習い事は6歳6か月からと言われています。6歳台では、どのような習い事もお遊びのような感じになります。しかし、この時期に始めた習い事は、ずっと続くものになることが多いのです。

 作文の勉強は、特に言葉の森の場合は大学入試の小論文や現代文のレベルまで続いているので、ずっと続ける値打ちのあるものです。ほかの習い事にもそれぞれの価値はありますが、小学生から高校生まで続けられて、それが大学生になっても社会人になっても役立つ実力となるというものはあまりありません。

 だから、作文の勉強は、小1や小2から始めた方がいいのです。

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記事 1575番  最新の記事 <前の記事 後の記事> 2026/2/11
創造する子供たち、対話のある家庭、自助の教育 1 as/1575.html
森川林 2012/07/07 20:42 



 今、世の中は大きく転換しようとしています。「我思う。故に我有り」で始まった欧米の個人主義の文化が、経済的にも理念的にも行き詰まりを見せ、その方向に人間の明るい幸福な未来はありそうもないと多くの人が気付きはじめました。

 それに取って代わるものが、今、経済的に台頭しつつある新興国だと思う人はいません。新興国の経済発展は、単なる遅れて来た欧米化であり、古い世界に生まれた新しい力に過ぎません。中国やブラジルは、ヨーロッパやアメリカや日本がたどって行き詰まった道を、まだあとから走っているに過ぎないのです。

 では、欧米に代わる新しい道があるかといえば、それがまさに日本がかつて明治維新という欧米化の中で否定してきた古い日本の文化の中にあったのです。そのことがはっきりわかったのが、3.11の東日本大震災でした。この過酷な自然災害と人為的な災害の拡大の中で、日本文化が精神的にまだ強い生命力を持っていて、それは欧米の文化とは異なる文脈の中でこれまで生き続けていたことがわかったのです。その隠されていた日本文化を、欧米のもたらした科学技術の光の中で、新しい世界文化として開花させることが、これからの日本の果たすべき役割です。

 欧米の文化は、主人と奴隷の文化でした。頭脳として判断し命令する役割を持つ人と、手足として命令され働くだけの役割を持つ人とがはっきりと分化され、幸福は消費生活の中にあると思いこまされてきたのが欧米の文化でした。働くことは苦役であり、働きから解放されることが人間の理想でした。この、それなりに首尾一貫した世界に、日本人もまた洗脳されてきたのです。

 しかし、日本の歴史には、その欧米の価値観とは異なる文化も連綿と流れていました。それは、だれもが等しく創造する主体で、その創造と愛と調和の中で社会が成立することが可能だという確信に裏づけられた文化でした。

 欧米文化は、自分以外のすべての主体を物として対象化する文化でした。だから、欧米文化の理念的な究極の理想は、自分だけが主人となり自分以外のすべての主体が奴隷となる社会を作ることでした。その理念の近似的な社会形態が、カースト制度のような、ヒエラルキーで社会の隅から隅までが組み立てられた社会でした。

 日本文化は、これとは正反対の文化を持っていました。日本人にとっては、あらゆる対象は単なる物ではなくそれ自体の意志を持つ主体だという無意識の前提がありました。「鶴の恩返し」の鶴は、単に機を織るマシーンではなく、自らの意志を持つ主体者でした。雪の中で立っていた笠地蔵は、単に笠をかぶせてもらう対象としての石の像ではなく、自ら行動する意志を持った主体でした。

 多くの日本人にとって、スズメやカエルやハエも、人と同じような心を持つ主体でした。(やれ打つな蠅が手をする足をする 一茶)。そして、植物でさえ、人間と共存すべき対等の意志を持つ主体だったのです。(朝顔につるべとられてもらひ水 加賀千代女)

 しかし、明治以来の教育は、日本本来の文化とは異なる欧米の文化の中で育まれてきました。学校教育の中では、ハエやアサガオは、実験や観察の対象ではあっても、共存する仲間ではありませんでした。日本の文化は、学校の中ではなく家庭の中で細々と受け継がれてきたのです。

 明治時代に全国に作られた学校制度は、子供たちを一挙に欧米の文化に適応させるための制度でした。それは、日本の近代化が直面していた富国強兵の国家像に合うための優れた歯車としての人間を育てる教育制度でした。そして、優れた歯車として求められる能力は、時代の変化とともに変化しながらも、歯車であるという目標だけは一貫して続いていたのです。

 歯車を動かす方向としてのハンドルも、やはり欧米文化の提供したものでした。方向は決まっているから、あとはその方向に合わせて能率よく動く歯車となれ、というのが、近代の、そしてこれまで続いていた教育の本質的な価値観でした。(つづく)

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記事 1574番  最新の記事 <前の記事 後の記事> 2026/2/11
創造する子供たち、対話のある家庭、自助の教育 2 as/1574.html
森川林 2012/07/06 18:06 


 豊かになり便利になり、更により豊かになり便利になるために給与が増え消費が増える、という時代がありました。しかし、その過程で人間の生活は仕事に支配されるようになりました。仕事の生活が家庭や地域の生活よりも優先され、共働きが常態化し、他人を上回って自分が勝つことが目標になり、人間の心が次第に荒廃し自然も破壊されていきました。

 そして、子供たちは、勉強を競争としてとらえ、自分の向上のためではなく他人との競争に勝つために学ぶことを強制されてきました。

 その結果、子供たちの勉強の中身を親は知らず、ただ成績としてつけられる点数だけが見えるものになっていきました。

 また、仕事も同様に給与として渡される金額だけが、そのほかの家族にとって見えるものになっていきました。

 社会と家庭が有機的に結びついていれば、子供の勉強の中身は、そのまま親子の対話の土台となるものです。また、両親の仕事の中身も、子供にとって自分の生活の一部として関心の対象となるはずです。しかし、今はそうではありません。

 子供の勉強は、小学校高学年から次第にブラックボックスのようになり、時々通知される点数だけが家庭とつながる窓になっています。両親の仕事もその本人以外にはブラックボックスで、仕事の結果渡される金額だけが、家庭とつながる窓になっています。そして、互いに共有するものの乏しくなった家族に、共有の機会を提供してくれるものが消費生活なのです。

 そのような仕組みも、経済が発展し所得が年々上昇する時代にはうまく機能していました。親の所得が毎年増え、子供は親よりも豊かな生活が期待でき、子供の学歴は親よりも高くなるという時代には、勉強も仕事もブラックボックスで差し支えなかったのです。

 しかし、今、その仕組みがうまく働く前提となる経済発展が止まりつつあるばかりでなく逆に後退しつつあります。これまでも一時的な景気後退は何度もありました。しかし、その景気後退でスリム化し活力をつけた経済は、不況のあとにはより力強い成長をしてきました。

 ところが、今日の後退は、これまでの後退とは違い構造的なものです。いちばんの問題は、豊かな先進国でこれから目指すべき真の需要がなくなっていることです。そして、従来からある需要は、新興国の供給に支えられるようになっています。つまり、先進国から新興国へ不断の所得移転が行われる中で先進国での新しい需要と新しい供給が生み出されるという形になっていないのです。

 この行き詰まりを打開する道は、需要と供給を同時に創造することです。それがまず大人の社会で起きつつあります。それは、他人から与えられた仕事ではなく、自分の好きなことを仕事として社会に貢献し、その貢献の見返りとして収入を得たいという創造的な仕事への欲求です。

 会社の歯車として働くことによって得られる所得だけでなく、自分の好きなことや得意なことを仕事として、他人から喜ばれる結果として所得を得たいという動機が広がりつつあるのです。

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教育論文化論(255) 

記事 1573番  最新の記事 <前の記事 後の記事> 2026/2/11
創造する子供たち、対話のある家庭、自助の教育 3 as/1573.html
森川林 2012/07/05 18:54 


 今の大人の世代は、これまで歯車としての教育を主に受けてきたために、創造的に提供できるものをあまり持っていません。しかし、互いにほどほどに創造的である者どうしが、自分の作ったものを与え合い、自分の学んだことを教え合い、少しずつ働く中身に喜びを感じ、その中身が家族にとってブラックボックスでないような生活を目指していく動きが生まれています。

 ここに、日本の社会が未来に向けて切り開く新しい経済の芽があります。つまり、先進国で生まれる新しい需要と新しい供給は、創造的な文化産業という形で全国各地でこれから生まれていくのです。

 このような社会の底流の変化の中で、子供たちの教育も、大きな変化を求められています。それは、ひとことで言えば、これからの教育の中心は、創造の教育になるということです。しかし、もちろん創造の教育は、知識の教育や理解の教育と対立するものではありません。知識や理解の土台の上でなければ、価値ある創造は生まれないからです。

 創造の元になるものは個人の個性です。しかし、個性はもともとだれにでも生まれつきあるものです。その個性が社会にとって普遍的に認められる創造性となるためには、知識や理解の土台とともに、個性を磨き上げる時間が必要です。ところが、今の教育は、知識や理解そのものが目的となり、それが点数化されることによって受験の選抜基準に使われるようになっています。その結果、知識や理解が「重箱の隅」化し、受験の科挙化が進む中で、知識や理解の過剰なノルマが、個性を創造にまで高める余裕を奪っているのです。

 だから、これからの教育が目指す方向は二つあります。一つは、知識や理解の効率のよい習得で、それが古来から読み書きそろばんと言われてきた、初等教育の単純で幹の太い学習法です。

 義務教育である小中学校の教育は、受験の科挙化に合わせた複雑な枝葉ばかりの教育で子供たちの時間を勉強で埋め尽くすべきではありません。枝葉は大学の専門教育に入ってから自分の興味に合わせて思う存分茂らせていけばいいのです。幹の太い単純な基礎教育を行うためのこれもまた単純で強力な教育の方法が、音読の反復による暗唱です。

 江戸時代の寺子屋教育の方法は、素読となぞり書きでした。それは、今の学校の宿題で行われている音読のような回数の少ないものではなく、素読は百回繰り返して暗唱できるぐらい行うものであり、なぞり書きは、筆で半紙が隅から隅まで真っ黒になるまで続けるものでした。この単純な方法の復活が今の教育に求められていることの一つです。

 これに対して、現在学校や塾で行われている教育は、カラフルで複雑な教材によって子供たちに知識と理解の教育を枝葉まで徹底させることを目指したものです。だから、コストのかかる教材や教室や先生が必要になっているのです。

 従来の知識と理解を最終目的とした教育が、音読や暗唱を教育の方法として導入する場合、暗唱の対象となる知識それ自体を目的化する傾向が出てきます。つまり、「枕草子」の暗唱ができたら、次は「平家物語」だというような暗唱の自己目的化です。

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