英数国理社などの教科の学習は、人に教えてもらうよりも自分でやる方が能率がいいのですが、小学校低学年のころは、勉強の能率などあまり関係のない初歩的な学習が中心なので、一斉授業のように人に教えてもらう形でも差し支えありません。
しかし、学年が上がるにつれて学習の定着度には個人差が出てきますから、人に教わる形の勉強よりも自分のペースで進められる独学の方が能率がよくなります。
ただし、独学とは言っても上手な独学の方法というものは必要です。特に受験勉強のような競争の中で行われる勉強は、それなりのノウハウがあります。実際の勉強の中身は独学でいいのですが、勉強の方向を決めるというような大きな方針の部分については、経験から得られた方法論が必要になるのです。
しかし、大きな方針さえはずれていなければ、勉強は自分のペースでやる方が無駄なくできます。その能率のよさで浮いた時間は、自分の個性を育てる時間として生かしていくといいのです。
小学校の早い時期から学習塾など他人に頼る形の勉強をしていると、勉強の中身を親が把握しにくくなり、学年が上がると更に親の手を離れた勉強になっていきます。本当は、中学3年生までの勉強は家庭でも見てあげられる内容ですが、小学校の低学年から塾に行く形の学習をしていると、中学生になっても当然その延長で塾に頼る勉強になります。
そういう勉強の仕方をしてきた子は、高校生になっても自分の力で勉強するということに不安を感じるようになり、結局高校生でも予備校に頼った勉強になります。(今の日本ではほとんどの人がそうだと思いますが)
そういう子は大学生になっても自分で勉強のテーマを見つけるのではなく、与えられた勉強を求める姿勢になりがちです。それでは、実社会で役立つ勉強はできません。(つづく)
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幼児からの英会話教室を開いている方が、こんなことを言っていました。
「英語のスピーチコンテストをするために、最初に日本語で作文を書いてもらうのだけど、その日本語の作文が書けていない子が多くて・・・・・・」
英語は国際的な共通語として必要です。しかし、子供が最初に学ぶのは日本語です。
両方できればいいというのは当然ですが、言語習得の初期の時期には、二つの言語がぶつかり合うことがあります。
カナダなど英語とフランス語が両方使われている国では、そういう研究は行われているようですが、それでもまだはっきりしたことはわかっていません。
日本では、更にそういう研究は遅れています。しかも、日本語と英語は、フランス語と英語よりもはるかに共存しにくい言語です。
幼児期から英語を習わせたいという親の気持ちはわかります。
しかし、幼児期に英語のCDなどを聞かせられすぎた子が、成長して日本語をうまく操れなくなるという現象も起きています。
遊びとしてやる程度であればいい経験になりますが、勉強としてやらせすぎると弊害も生まれてきます。
英語の勉強を安心して始められる時期は、日本語脳が確定する小4からではないかと思います。
知人に、英語を教えている人も多いので、こういうことは書きにくいのですが、日本の子供たちのためにあえて書くことにしました。
何事も、やるのはいいけど、やりすぎないことです。
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この記事のあと、いろいろコメントをいただきました。
そのコメントに体する返信から。
幼児期の言語習得についての研究は、日本ではほとんど行われていないのではないかと思います。
その点で、この角田氏の研究はユニークです。
言語学者という文系の人が、もっと理科的なアプローチで考えていくといいと思うのですが。
「日本人の脳―脳の働きと東西の文化」角田 忠信
http://www.amazon.co.jp/dp/4469210684
英語のCDは、活用できると思います。
しかし、機械は手加減を知らないからやらせすぎてしまうことがあります。
よく「英語をシャワーのように」という言葉がありますが、小3まではシャワーではなく水遊び程度にしていく方がいいと思います。
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言葉の森では今、家庭学習を中心にした全教科の学習を進める計画を立てています。「作文プラス家庭学習」という形で、子供たちの本当の学力を育てていく予定です。
まず最初に、なぜ作文の勉強が大事かということについて説明します。
これから日本の社会で必要になる学力は、創造性のある学力です。また、創造性を発揮する土台として、読解力と思考力が大切になってきます。この創造力を伸ばす勉強には、作文の勉強が最も相性がいいと思われます。なぜかというと、作文には、構成、題材、表現、主題それぞれの項目に創造力を伸ばす仕組みがあるからです。
(詳しくは、 「創造性を育てる作文1」
https://www.mori7.com/as/1542.html )
また、現実的なことを言えば、今後日本では少子化で入試問題が大きく変化していくことが予想されます。少なくとも、現在のような覚えた知識をただ再現するだけの試験、又は解法を記憶してそれをあてはめるような試験は次第に減っていきます。
日本の大学では、まだこの記憶力を中心とした試験の形態が残っていますが、勉強はこれからグローバル時代に入ります。特に、大学教育においては、インターネットを利用して、自宅にいながらにして世界中の学びたい教科を学習できる条件が広がっています。このような中で、日本の大学も入学試験の形を大きく変化させていかざるを得ません。そうでなければ、日本の大学は世界と同じ基準で生き残ることができなくなるからです。
これまでの入試で必要とされていた学力は、創造する学力ではなく、多数の資料をまとめて整理するというどちらかと言えば機械的な学力でした。それがこれから大きく変わっていくのです。
ですから、作文の勉強は、当面の入試のために必要な人ももちろんいますが、入試に必要ないという場合でも、これからますますその能力が要求されるようになり、やがて創造力を伸ばすという教育の本来の目的から見て、学力の中心となっていくと思われます。
そういう作文の学習が、小学校高学年以上になると、学校でほとんど行われていないのは、作文を教える必要がないからではなく、教えることが難しくまたそれ以上に評価することが難しいという理由によるものです。
言葉の森では、このような考えから作文指導に特化した教育を行ってきました。そして、独学では勉強を進めにくい作文の指導に力を入れるとともに、その反対に、独学でも勉強できる教科の学習は本人に任せていました。
小中高の英数国理社などの教科は、教科書と参考書さえあれば、基本的に誰でも自分ひとりで学べるものです。まして今日のように多くの優れた参考書や問題集がある環境では、独学は更に容易になっています。
ところが、教材や教育機会が多様になるにつれて、かえって独学という形の学習がしにくい状況が生まれてきました。ひとことで言えば、教材が多様すぎて、どう取捨選択したらいいのかわからないという状態が生まれてきたのです。
そのため、子供たちの教育は、かつてのように学校で基本を教えてもらえば、あとは家庭で簡単な宿題をやって学力がつくという牧歌的なものではなくなり、小学校低学年からさまざまな教材や塾を掛け持ちするようなものになってきました。その結果、勉強が多忙になる一方、そのわりには本当の学力がつかず、むしろ長時間の勉強によって勉強の本来の面白さを感じられない子供たちが増えているという状況が生まれてきたのです。
そこで、言葉の森では、作文の学習を中心とした指導をする一方、音読、暗唱、対話のような家庭学習を更に発展させる形で、本来独学で学んだ方が能率のよい英語、数学、国語などの学習もカバーする計画を立てるようにしたのです。 (つづく)
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形に残らないものの方が、本当は心の中に残ります。
きれいな景色を見て写真を撮ると、写真という形が残るので、かえって感動は薄れてしまうことがあります。
国語の勉強も、それに似ています。
国語の勉強は、光や風や水のように形に残らないところがいいのです。
国語力の本質は、文章を読んで理解する力です。
その文章が日常的、事実的な易しいものから、次第に社会的、抽象的、説明的、意見的な難しいものになっていきます。
更に、日本の国語の場合は、そこに微妙な心情の変化を読み取ることなども加わります。
だから、いちばんいい勉強法は、そういう文章を読み慣れることです。
小学校高学年になって塾の模試を受けると、国語の得意だったはずの子がひどい点数を取ってくることがあります。
その原因の多くは、難しい文章を読み慣れていないことから来ています。
国語の問題を解いたり、文章を要約したりという練習は、書くことに時間をかけるわりに読むことにかける時間はあまり多くありません。
読むことに専念した方がずっと密度の濃い勉強になります。
ところが読むだけの勉強は形に残らないので、学校や塾では取り組みにくいところがあります。
国語の授業なのに、ただ文章を読むだけで終わり、というのでは格好がつかないからです。
だから、国語の勉強は家庭での学習に向いています。
形の残らないものは、家庭で毎日の習慣のようにやっていくのがいいのです。
雲の間にぽっかり青い空がのぞいています。
朝晩は、もう冬の始まりのようです。
寒さに負けず、今日もいい一日をお過ごしください。
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