学習は模倣から始まります。
オリジナルなものができるのは、その模倣がしっかりと身についてからです。
言葉の森の作文指導は、ある程度の型を持っています。
その型を見て、作文がパターン化するのではないかと心配する必要はありません。
型自体が多様で、学年ごとの課題に応じてさまざまに組み合わせることができるからです。
しかし、世間の作文の考え方の多くは、自由に書かせるというものです。
この「自由に」ということが、作文教育の最も大きな障害になっているのです。
これは、入試の作文にも現れています。
よくあるのが、「次のA、B、Cの三つの課題の中から一つを選び作文を書きなさい」というような問題の出し方です。
ジャンルの違う三つの課題を統一して採点する基準などはありません。
一つの課題で、書く方向を指示して、その方向で採点するから初めて採点が可能になるのです。
しかし、型は、勉強の到達点ではありません。
型を身につけたあと、書く力がつけば、自然に自分のオリジナルな書き方をするようになるのです。
逆に言えば、型を指定されて、その型どおりに書ける人は既に実力のある人です。
ただし、型と言っても、言葉の森が教えている型は大きな構成の方向性のようなものです。
例えば、ある意見に対して、自分の考えと、その正反対の考えを述べ、その自分の意見の裏付けとなる理由を複数考え、そのそれぞれの理由に対して自分の体験に基づいた実例と、体験以外の社会的な実例を書き、結びには自分で作った名言を入れる、というような指導です。(中1レベルの指導)
これを真面目にやれば、かなり力がつきます。
しかし、ヒントを真似して書いているだけでも、書き方の型は身につきます。
話は変わって、現在、小学1年生ぐらいの子を対象にした親子作文コースを充実させていく予定です。
小1の場合は、型を指定して書くということはまずできません。大体、書くこと自体がまだほとんどできない時期だからです。
そこで考えているのは、お母さんやお父さんとの対話を通して作文の書き方の型を身につけるという方法です。
4月に入って、新しい学校の時間割が決まってから、体験学習の日程を決めて参加していただけるといいと思います。
小1から始める親子作文
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言葉の森の受験作文小論文で書きやすい構成の仕方を身につける
URLは、
https://www.mori7.com/index.php?e=2131
言葉の森の作文指導は、身近な生活作文から始まりますが、小学校高学年になると受験作文にも対応するようになります。
また、中学生の作文(意見文)は、そのまま高校入試、更には大学入試に使えるレベルになります。
高校生の場合は、更に構成の仕方を発展させ、読み取りにくい課題文を読み取る力とつけていきます。
塾や予備校で行われている作文小論文指導は、抽象的なアドバイスが多く、書けないときはどう書いていいかわからないということがよくあるようです。
言葉の森の作文小論文指導は、具体的な構成をわかりやすく説明するので、苦手な子でも楽に書き出せ、得意な子は更に高いレベルの文章を書くことができるようになります。
以前、桜修館中の受験作文指導を受けている生徒から、「学校説明会で、『パターン化した作文を書かないように』と言われた」と相談がありました。
ここで大事なのは、その文章がパターン化しているかどうかではありません。上手か上手でないかという中身がすべてで、パターン化していようがいまいが、上手な作文は上手であり、下手な作文は下手なのです。
そして、上手に書くためのいちばんの近道が、いくつかのパターンを使えるようになっているということです。「パターン化がだめ」というのは、文章を書く力のない人が言うことです。
その相談のときに、ある学習塾関係の有名な先生が、パターン化しない書き方というものを、抽象的に詳しく説明していました。その説明をもとに、子供が実際に作文を書こうとしたら、まず全く書けません。上手下手以前に、どう書いていいかわからないという指導なのです。
平成27年度から、東京都は学校ごとの問題作成ではなく、共通の問題になるようですので、もう特殊な作文のテーマは少なくなると思います。
むしろ、いちばんの問題は、子供がどう書いていいかわからないという発想の時点でつまずくような作文試験の問題を出していた学校の方だったのです。
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型を身につけるために反復して練習するというのは、日本文化に独特の学習法だと思います。
型という方法よりもまず目的を重視し、その目的のためには方法は二の次というのが、型とは正反対のどちらかというと欧米風の考え方です。
どちらもそれぞれ利点はありますが、型から入るというのは日本文化になじんだ人には取り組みやすい方法だと思います。
しかし、そのためにはその型を続けるということが大事です。
作文指導でよくあるのが、「何でもいいから自由に書いてごらんなさい」と言ってから、書いたあとの作文の、ここが違っているとか、字がきたないとかを批評する指導です(笑)。
よい指導というのは、「こういう方向で、こういう項目を入れて書いてごらん」と言って、それができていたことを認めて褒める指導です。
前者がよくある指導、後者が言葉の森の指導です。
「自由に書こう」というのは、書きやすいように思えますが、実は一番ハードルが高い書き方だと思います。題名は自由でも、書くことがある程度決まっていないとどう書いていいかわからない……そして、たいてい自由に書いたものをあまりよく言われないので(笑)どんどん作文に対して苦手意識が高まるのだと思います。
親子作文をはじめると、型を続けることの大切さも実感できそうです。
自由に書いて下さい、と言われることが、実はいちばん難しいですね。
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受験の状況は毎年のように変わってきます。
去年はこういう傾向だったが、今年はこういう傾向になったという話がよくあります。
そして、2020年度には、大幅な大学入試改革と高校の学習の改革があります。
こういう変化の中にいると、保護者はどうしても不安になります。
そして、ここはやはり専門家に任せておいた方がいいと考えてしまうのです。
しかし、人間の成長の基本は、昔から何も変わりません。
そういう小手先の、新しい傾向がどうなったかというようなことは些細なことです。
いちばん大切なことは、自主的に勉強に取り組むということです。
人に言われて従うだけの勉強では、一時的には効果があるように見えても、長い目で見ると大きな成長は望めません。
多少無駄な回り道があったとしても、自分なりに考えて勉強に取り組むことが大事なのです。
小学生だったら、自分で決めた勉強をやっていくことです。
中学生や高校生だったら、志望校の過去問を自分で分析してみることです。
そして、勉強の目標は、大学に合格することではなく、その先の社会に出て仕事をすることだということを、親子でいつも確認しておくことです。
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中学生になっても言葉の森を続けた方がいいかどうか
https://www.mori7.com/index.php?e=2110
「中学生になっても言葉の森を続けた方がいいかどうか」という質問がありました。それは、もちろん続けた方がいいのです。
中学生で学習する意見文の3種類のパターンは、そのまま大学入試の小論文に使えます。
その小論文の最も基本になる構成の仕方は、小学6年生で学んでいます(そういう自覚のある小6生は少ないと思いますが)。それが、複数の実例と一つの意見(一般化の主題)です。
この形さえ知っていれば、どんな課題でも、一応しっかりとまとめることができます。あとは、読書や経験や思索によって、構成の中身を埋める材料のレベルを上げていけばいいのです。
だから、構成を知っているだけでは、車の両輪の片側しかできたことになりません。もう片方の車輪は、読む力をつけることによって作られていきます。その読む力のもとになるのが、言葉の森の課題の長文です。
最近の高校入試は、記述重視(場合によっては作文重視)になっています。この傾向は、公立中高一貫校でも、大学入試でも、就職試験でも表れています。
その一つの象徴が、東大や京大でこれから行われる特色入試です。特色入試では、高校生に時代に自分の興味のある分野をいかに深めたかということが問われます。学力については、センター試験の8割が取れればいいということで担保されています。
つまり、学力は、普通にしっかり勉強している程度でよく、それ以上の重箱の隅をつつくような知識やテクニックは必要ないということです。大事なのは、その生徒の個性と意欲と読む力と考える力と書く力なのです。
ただし、中学生は、部活や定期テストで忙しいということも事実です。だから、定期テストの10日前は、音読などの自習は休んでもよいということで柔軟に取り組むことが必要になります。
中学生時代の部活はそれなりに楽しいものですが、部活が多忙で土日も休めないとなると本末転倒です。中学生時代は、勉強が幹で、部活は枝葉だということを再確認しておく必要があります。
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最近の受験の状況などは、親は詳しくはわかりませんが、社会に出てからの仕事については親は子供よりも何十年も先輩です。
そして、勉強の目的は、受験に合格することよりも、その先にある社会に出てからの仕事です。
親は、そういう大きい視野で子供の勉強を見ていけばいいのです。
春休みは、うちで遊ばせておくのももったいないから塾にでも行かせようかと思う人は多いと思います。
それは、それでもちろんいいのです。
しかし、うちの場合、二人の子供は、長い休みの間遊び放題でした(笑)。
受験勉強に本当に力を入れるのは、受験の年になってからで十分です。
それまでは、普通にのんびり生活していればいいのです。
もし自分が当の子供だったら、休みの日にまで塾に行って勉強するというようなことは耐えがたいと思ったからです。
しかし、もちろんそれは、それぞれの家庭の方針でどちらでもいいのです。
勉強の目的は、自分の良き人生のためにあることをしっかり把握しておきたいですね。
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3月16日10時から約4時間、サーバーの移転作業を行いました。
大量のデータとソフトを移行するため、移転完了後もデータ送信エラーなどが残りました。
主なエラーは、次のものです。
・作文の丘から送った作文が文字化けをしたり、データそのものがあとで消えたりした。
・作文の丘から送った画像が一時表示できない状態になった。
・保護者掲示板から送ったデータが文字化けをした。
・森リンの採点ができなくなった。
・ふりがなのページが使えなくなった。
3月28日現在、大体のエラーは解決しました。
ただし、消えたデータは復活しませんので、作文の丘から送った作文が消えてしまった人は、申し訳ありませんがもう一度お送りください。
また、森リンとふりがなについては、茶筅(ちゃせん)というソフトを別途入れる必要があるため復旧は少し遅れます。
以上、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。もうしばらくお待ちくださるようお願いいたします。
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国語の勉強は、音楽やスポーツと似ています。
理屈がわかったからできるものではなく、そのことに慣れるまでに時間がかかるのです。
例えば、読書がそうです。
易しい本は読めるが、難しい本が読めないという場合、それは難しい本を読むことに慣れていないのです。
慣れてくれば、その面白さがわかるようになります。しかし、慣れなければ面白さはいつまでもわかりません。
記述や作文もそうです。
書き方の理屈が理解できたからといって、すぐにそのように書けるわけではありません。
上手な子の書き方の例を見せて、このように書いてごらんと言っても、もちろん書けるわけではありません。
時間がかかるのです。
だから、勉強法は、毎日気長にやることです。
記述の練習も、ある時期に集中して特訓をするのではなく、毎日問題集の文章を読んで自分なりに50字の感想を書くという練習をするのです。
そのときに、心がけることは、書いたり消したり考えたりせずに、考えたあとに一息で書くようにすることです。
入学試験には、常に時間制限があります。
その時間制限の範囲で書く練習をしていると、そのスピードにも慣れてくるのです。
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「記述力をつけるために」
https://www.mori7.com/index.php?e=2373
記述力をつけるためには、まず難しい文章を読み取る力をつけることです。そのためには、問題集の問題文を読書がわりに読む方法が有効です。それも、一度で終わるのではなく、同じ問題集を5回繰り返し読んでいくようにします。
読む力は書く力の土台ですが、書く力には独自の要素もあります。それがスピードと字数と構成力です。勉強の仕方は、問題集の問題文を読み、自分なりの感想を50字なら50字と字数を決めて書きます。
そのときに大事なことは、書きながら考えたり、途中で消したり読み返したり直したりせずに、最初にしばらく考えたあと字数ぴったりまで一息で書くようにすることです。
作文の字数とスピードは、慣れという面があるので、それぞれ自分なりの癖のようなものがあります。努力して速く書こうとすれば、だんだん速く書けるようになります。長さも、努力によって長く書けるようになります。
書き方のコツは、第一に、文中の言葉をできるだけ使うことです。自分なりに考えたことを書くのは大事ですが、そのままでは幼稚な書き方になることが多いので、それを文中の少し難しい言葉を使って書くようにするのです。
第二に、要求された字数いっぱいまで書くことです。「50字から100字の間でまとめる」というのであれば、書く力のある子は自然に100字いっぱいまで書こうとします。だから、採点する側も、多く書いている子の方に好意的な見方をするのです。
第三に、難しい問題のときも空欄にはしないことです。何を書いていいかわからないときは、設問の文章を一部引用しながら書くぐらいでもいいのです。ただし、これはあくまでも試験のための方便で、これで実力がつくわけではありません。
第四に、物事を対比するような形で書くことです。ただ、「Aである。」と書くのではなく、「Bではなく、Aである。」又は、「確かにBもあるが、しかしAである。」という書き方をすることです。実際にそういう形で書かない場合でも、考え方としては、物事を対比して輪郭をはっきりさせておくことが大事です。
第五に、物事の二面性に着目して書くことです。これも、ただ「Aである。」と書くのではなく、「Bであるとともに、Aである。」「Bである一方、Aでもある。」「Bであると同時に、Aである。」という書き方をするということです。
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国語や作文の勉強を上手に教えられる人が少ないのは、教えてすぐにできるようになることを要求するからです。
親子の作文の勉強がうまく行かないのもそれが原因です。
作文の勉強は、気長にやって、いつも褒めて、慣れるまで待つという姿勢が必要なのです。
作文の勉強を始めたばかりのころは、どの子も、机の上が消しゴムのカスでいっぱいです。
しかし、だんだん書き慣れるにつれて、消す回数が少なくなってきます。
勉強の最初から、できるだけ消さずに書くようにしていくといいのです。
消すのはうっかり書き間違いの1文字だけ、2文字以上は消さないというのが原則です。
毎日コツコツ続けることが大切ですね。
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